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「ふう太、今日も行くか」
「とうふ、とうふ」
ふう太が手にしているのは、味噌を合わせた豆腐をすり、串に刺して焼いたもの。食べ歩くにはちょうど良い。どうせ誰にも見えぬのだ。
「とーふ、とーふ」
先導して歩くふう太。辻を折れて姿が消えたと同時に、「とうふ!」と大きく声があがる。ひどく驚いたような声色だ。
なにかあったのかとあわてて歩を進めると、地面を見つめるふう太と、その脇に腰を落とす娘の姿がある。
足音に気づいたか、娘が善吉を振り返り姿勢を正した。
「すみません、この子とぶつかってしまいまして」
「……あ、いや」
「とうふ……」
「うん、ごめんね。弁償するわ。あの、おいくらかしら」
「や、かまわねえ。そいつが喰ってたのは売りものじゃねんだ」
善吉はあわてて頭を振った。べそをかく童は、善吉の姿を見ると走り寄り、袖を引いて「とうふ」と泣く。
その姿を見て、娘は手を鳴らした。
「どこかで聞いた声だと思ったら、あなたがあのお豆腐屋さんね」
「へ、へえ」
「うちは、こちらの通りをすこしばかり先に行ったところなの。買い物に出ていると、たまに声が聞こえていたのだけれど、こちらまでは来ないでしょう? 気になっていたの」
娘の家は料理屋を営んでいるという
商いをするにも領分というものがあり、善吉はその料理屋にまでは足を伸ばしていなかった。
最近は豆腐売りが近くまで寄らなくなり、自らの足で買い求めに行っていたらしい。
「噂は聞いていたのよ。ねえ、豆腐屋さん。くださいな」
「へえ、まいど」
はきはきと話す声に押され、善吉はついに問えぬまま娘と別れた。
はて、あの娘はどうしてふう太の姿が見えたのやら。
「変わった娘だなあ……」
棒を担ぎなおし、道を戻る。
明日からはこの道の端までは来よう。
もしかすると、あの娘がまた買いにくるやもしれぬから。
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