アガーシャを探せ!

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 ステファンは一瞬眩しさに顔をしかめた。いつもは柔らかい北側の窓からの光が、こんなにも明るかったかと思う。その窓を背に立つエレインの髪は、いっそう赤く輝いて見える。 「だいたいオーリはね、なんでもかんでも集めすぎ。集めたものを可愛がりすぎ。実体のない連中にガーリャだのアガーシャだの、女の子の名前までつけてさ」 「ほうエレイン、妬いてる? だったら嬉しいけど」  しれっとこんなことを言うのか、この師匠は。ステファンははらはらしながら二人のやりとりを見た。 「だれが! 使い魔に甘すぎると今日みたいな騒動になるって忠告してるの!」 「いやその表現は正しくないな。使い魔ではなくむしろ特別な仕事のパートナーと言うべきだろう、うん」  当てつけのように、オーリはインク壺やタイプライターをよしよしと撫でる。 「ばっからしい! もういい、オーリなんてそのうち、妖精の親玉にでも喰われちまえ!」  エレインは巻き毛を跳ね上げると、窓の手すりを飛び越えた。 「ここ二階……!」  ステファンが慌てて見た時には、もう赤い影は庭の木立の中に走り去るところだった。 「ははっ喰われるのは趣味じゃないなあ」  オーリは椅子に座ったままのんきに笑っている。 「あの、大丈夫なんですか?」 「エレインなら心配ない、いつもあんな調子だから。ステフ、君こそ大丈夫か?」  さっき背中を打ったことを言われているのだと思ったが、オーリは別のことを言い始めた。 「アガーシャを直接手に乗せられる人間なんて初めて見たよ」 「え? 先生もそうじゃないんですか?」 「まさか。実体もない、質量もない、あえて言うならとしか表現しようがないやつだよ。下手するとこっちの魔力に干渉して手が弾かれる」  ステファンは改めて自分の手を見た。 「だって、先生は捕まえてみろって」 「うん、アガーシャの動きを封じるくらいはできるかな、と思ったんだ。でも君の力はそれどころじゃなかった。そうだ、こいつらで検証してみよう」  オーリは机の上のペンホルダーに右手を向けた。色とりどりの羽根ペンが一斉に震え始める。 「ああみんなじゃない、一本でいいんだ。ワタリガラス、おいで」  言い終わらないうちに黒い羽根ペンがオーリの手元に飛んでくる。 「ステフ、やってごらん。そうだな、ヤマバトくらいがいいかな」  半信半疑でステファンも左手を向けてみた。 「あ、そうか君は左利きなんだ。――さあ、呼んでみて」 「ヤ、ヤマバト、おいで」  ぎこちなく声を掛けると、一番小さな灰色の羽根が垂直に舞い上がり、真っ直ぐステファンのほうに飛んできた。が、手の中には納まらず、鋭いペン先でいきなり指を刺した。 「あいたっ!」 「こら、失礼だよヤマバト!」  小さな灰色の羽根ペンは、ぷいと向きを変えると、自分でホルダーの中に帰ってしまった。 「ああごめん、ステフ。どうも相性が悪かったようだ。金属のペン先を着けてなくてよかった」 「これって、ぼくの魔力が弱いから、ですか?」  ステファンは刺された指を気にしながら、こわごわペン達を見た。 「違う違う。弱いどころか、君の力が強すぎて反発したんだ。魔法っていうのは対象との関係性で意味が変わるからね」 「……よくわかりません」 「小難しいこと言っちゃったかな。例えばね、さっきわたしが発した火花だ。指先に集めると『スパーク』という魔法になるが、単独では何の意味もない。だけどエレインが心配してたみたいに揮発油――気化しやすくて燃えやすい油だ――に向けて使ったら、途端に意味を持つね」 「引火して、火事になっちゃいます」 「そうだ。一方こうしてろうそくの上で放てば」  オーリは棚の上から燭台を引き寄せ、指を鳴らした。ポッ、と勢い良く灯がともる。 「ほら、こうして灯りを得る事ができる。まあ、マッチの代用程度の意味しかないが、平和なもんだ。どちらも同じ力なんだがね。これをもし人に向ければ?」  スッ、と額に指を向けられてステファンは肝を冷やした。 「冗談だよ。君が寝ぼけた時にパチッとやれば目覚ましくらいの意味はあるかな。だけど杖を使って増幅すれば!」  オーリは素早く杖を取り、窓の外に向けた。稲妻のような光が走り、何か鼠色のものが吹き飛んだ。 「こういう野蛮な力にもなり得る――何の用だ、ムンルゥ?」  ステファンは急いで窓に駆け寄った。緑青色した触手だらけの丸っこいものがあたふたと屋根伝いに逃げるのが見えた。 「カビを運ぶ妖精だよ。森の中で仕事をしていればいいのに、エレインの留守を狙ってきたな。マーシャに気をつけるよう言わなくちゃ」
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