アガーシャを探せ!

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「先生、で、そのカンケイセイってわからないんだけど……」 「ああそうだ、話の途中だったね」 「なぜアガーシャは手に乗せても平気なのに、羽根ペンはダメなんですか? 先生はぼくの力が強いっていうけど、とてもそんなふうに思えない」  口を尖らせるステファンに、オーリはちょっと苦笑いをした。 「わたしも質問していいかな。なぜさっき、君にだけアガーシャの光が見えたのか? あの光はとても弱いんだ。わたしより夜目がきくエレインでさえ、さっきは見えなかった」 「……わかりません」 「そうだろうな、わたしも君の質問には答えられない。ただ、君は何かアガーシャと共鳴する力があるんだろうな。個性と言ってもいい。それが何なのか、をこれから時間をかけて探らなくちゃ。学ぶっていうのはそういうことだ」  オーリは杖を壁際の照明に向け、たぐり寄せるような仕草をした。雫型をした電球が弧を描いて飛んでくる。それを掌の中に受け止めて、オーリはあちこちの角度から透かし見た。 「それにもうひとつ。さっき君がちょっと触れただけでこいつが光った。もちろん誰もスイッチなんて入れてないのに、だ。ごらん、フィラメントが切れている――うちの照明器具は、魔力の影響を受けない仕様になってるはずなんだが――面白いね、ラジオの真空管に、アガーシャに、電球か。杖の申請書に書く項目がまた増えた」 「杖? 魔法の杖ですか?」 「嬉しそうに言うなよ。まだ仮の杖だ。新しい弟子を迎えたら一ヶ月以内にその子の適性を見極めて、ふさわしい杖を貸与してもらえるよう、ユニオンに申請しなくちゃいけないんだ。で、その後師匠に認められればやっと本杖を自分で買えるようになる。結構面倒なんだよ」  オーリは心底面倒くさそうな表情をした。 「ユニオンって?」 「ウィッチ&ウィザードユニオン、要するに魔法をなりわいとする者の同業者組合だ。ほんの数十年前までは『ギルド』なるものが機能していたらしいけど。いまだに師弟制度が続いているのはその名残だね。わたしはこういう縛りが嫌いなんだ、もっと自由にやらせてくれればいいのに」 「お茶がはいりましたよう」  階下からマーシャの声が響いた。 「さ、難しい話は終わりだ。ただ覚えていてくれ、君はわたしにも無い力を持っている。自信を持つんだよ」  自信と言われても、よくわからない。ステファンは戸惑うばかりだ。 * * *  その夜、遅くまでアトリエの灯が消えることはなかった。 「……参ったなあ」  オーリはひとり、描きかけのカンバスの前に座っていた。さっきから少しも筆は進んでいない。 「オスカーの息子だもの、才能があるのはわかってたけど……こうもはっきり目の前で力を見せ付けられると……いくら童心を持ち続けようとしても、本物の子供の感性には敵わないよな……」  諦めて筆を置き、オーリは壁の写真を見つめた。 「もう取り戻せないんだろうか、アガーシャ」  インク壷に問いかけているのではなかった。壁の古びた写真の中では、オーリに良く似た顔だちの魔女、東洋人の男、二人の間には白っぽい髪色の痩せた男の子、そして、天使のような笑顔を向ける赤ん坊が映っている。 「こういう時こそエレインが居てくれればいいのに。帰ってきやしないんだから」  オーリは立ち上がると部屋の灯りを落とし、開け放した窓から外を見つめた。木立を涼しい風が渡っていくが、そこには誰の気配も無い。オーリはいつまでもそうして闇を見つめていた。
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