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寂しい影
「この道を通るのも久しぶりだな」
武田一志は少し暗い顔を浮かべ、ゆっくりと歩きながら呟く。
普段この道を歩むことは無い、一志が来ているのはある生徒と一志が家が近いため、学校を休んだその生徒に重要なプリントを渡すように先生に言いつけられたからだ。
「ここだな」
一志は「野木」の表札の家の前に立ち止まる。
ある生徒こと野木茉穂とは幼馴染みで小学三年生までは仲が良かった。お互いの家を行き来したり、一緒に遊んだりもした。茉穂からは親しみを込めて「かずくん」と呼ばれたりもした。一志は「茉穂」と呼び捨てだった。
ところが小学四年生に進級してから、茉穂を遊びに誘っても断ったり、家に行っても一志を入れてくれないなど、急につれない態度となった。
最初は茉穂にも都合があるのだと思ってはいたが、毎回断られると流石に何かあると感じ、一志は茉穂に詰め寄った。するとその茉穂は一志を冷たい目で見るなり口を開く。
『もう、話しかけないで』
茉穂からきつい言葉を浴びせられた。それから一志は茉穂と関わることは無くなった。
母から聞いた話だが、その頃の茉穂は母親が再婚したものの、養父と折り合いが悪く、男性に対し嫌悪感を抱くようになり、一志に冷たくなったという。
現在も茉穂と同じクラスではあるが関わりは無い。茉穂は一志だけでなく他の男子と話すのも嫌がる。
「……さっさと用事を済ませるか」
一志は鞄からプリントを出し、郵便物入れの中に投函した。
「早く良くなれよな、茉穂」
小さな声で一志は呟いた。茉穂とは今後も関わることは無いだろうが、茉穂が元気になることを願った。
一志は茉穂の家から足早に去った。夕焼けに染まる空の下、一人で歩く一志の影が寂しげに見えた。
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