エピローグ

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エピローグ

 太后アレクサンドラが瀕死の深手を負った『事故』は、『奇跡の御手』ミラルカ・イーディスの手術によって事無きを得、太后は一命を取り留めた。  己の意に添わぬ女性であるミラルカと、自分の息子が惹かれ合っている事を良く思わず、あわよくば、現王レオナルドも排して自分の腹を痛めた子を国王に、と目論んでいた太后の陰謀は砕かれたのである。  王弟は兄王に、自分と母への厳罰を求めたが、国王は首を縦に振らず、王家の醜聞には徹底的に箝口令が敷かれた。モーゼフをはじめとする『根絶派』医師達、太后に手を貸しマリアンヌ姫を利用していた『過激派』医師達も、『引退』をレオナルド王から強く要求され、静かに王宮医師団の表舞台を去った。だから、真相を知る者は多くはない。その陰に、かつて王宮医師団で開発された『エイル』の影響を受けた生体薬品『エイルの使徒』の存在があった事を知る者は更に少ない。  それでも、サイラス・パーシヴァルを筆頭に『エイル』研究のチームが組まれ、マリアンヌ姫をはじめとする、アタラクシア国内のどこか、あるいは既に国を出てしまったかも知れない『エイルの使徒』を見つけ出し、本格的に治療する為の道が開かれた。  その功労者である、ノーラ・トゥニティは、特例で王宮医師団への正式な参加が認められたのだが、その報せを騎士が持っていった時、彼女が使っていた部屋の寝台は綺麗に整えられ、荷物一式も消えていたのである。 「よっこら、せ、っと」  重たい荷物を担ぎ直し、ノーラはアタラクシア王城を見上げた。初めてこの門を潜った時は、あまりの威容と、これから訪れる試練に萎縮し、やたらと大きく見えたものだ。しかし、青空の下で改めて眺めると、意外と小さく見えるし、何だか壁も薄汚れている。 「ちゃんとお掃除もしてくださいね」  もう会う事の無いだろう人へ、届かない伝言を呟き、ノーラはメルン城下街へと歩を進めた。  一月前に通った道は遠き日の思い出のようで、言いようの無い懐かしさすら感じる。子供のはしゃいだ声が耳に届き、涼やかな風が吹いて、どこかで顔を見たような気のする男の子が、笑いながら脇を駆け抜けていった。  スーリヤ村に帰ったら、この冒険譚を村人達にどう語ろうか。ノーラは思案した。いや、箝口令が敷かれたのだから、べらべら喋ったらいけないのだったか。何をどのように話したらいいものか、と思いつつ、「帰らない方が良いのではないか」という考えが浮かぶ。村にもう自分の居場所が無いのはわかっている。各地を旅して、この『エイルの使徒』の力と医師の知識で、人々を救って歩く道も面白いかもしれない。  ぐるぐる思考を巡らせていると、香辛料の混じった肉の焼ける良いにおいが鼻腔に漂ってくる。これは初日にも体験した。
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