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「おばさん!」
赤い布屋根を張った屋台に駆け寄れば、あの日と同じく、太い串に刺された大きな肉塊が火に炙られながら回転していて、ナイフで肉を削ぎ落としている中年の女性が「あら!」と朗らかな笑みを弾けさせる。
「お嬢ちゃん、しばらく見なかったけれど、一体どうしていたんだい?」
「えーと、色々とありまして」
質問を半端な笑顔でかわし、鞄から財布を出す。王都での思い出に、このサンドをもう一度味わっても良いだろう。
「ひとつ」
ください、とほくほく顔で言おうとした時。
「ふたつだ」
背の高い黒服の男が横に並び、指で二を示したので、ノーラはぎょっとして隣を二度見してしまった。
まさかこの人が、ここにいるはずが無いのに。
「おや兄さん、髪を切ったらますます美丈夫になったねえ」女性はノーラの驚きに気づいていないのか、にこにこ顔でサンドをふたつ、用意する。「相変わらず仲の良い事だわあ」
肉と野菜を白パンで挟み、ドレッシングをたっぷりかけたサンドが、それぞれの手に渡る。まるで連行される罪人のように、ノーラは大柄な身体の後ろをついていって、あの日のように噴水の縁に並んで腰掛ける。とても美味しかったはずのサンドは、今は自分がかちこちに固まっているせいで味が感じられない。あまりにも気まずい食事の時間が流れる。
「お前さ」早々にサンドを平らげた彼が、手についた肉汁を舐めながら言う。「ほんっと、行動がわかりやすいのな」
絶対ここに寄ると思った、と続けられたので顔を赤くし、それから、サンドに一口かぶりついてよく咀嚼し、呑み込んだ後で、彼をじとりと見上げる。
「そっちこそ、真犯人をわかっててこっちを引っかけたなんて、めちゃくちゃ嘘つきじゃないですか」
「嘘は言ってねえ。全部を言わなかっただけだ」
「それ、屁理屈って言うんですよ」
嫌味を投げても、彼にこたえた様子は無い。どこまでもこの人には勝てないのか。ほぞを噛む思いをサンドと共に味わっていると、やおら紫の瞳がこちらを向き、顔が近づいて、ノーラの手の中に残っていたサンドにかぶりつき、一気に持っていってしまった。
(は? 何やってるんですかこの人。何ですかこれ)
空っぽになった包み紙を前に唖然とするノーラの横で、彼は一気にサンドを飲み下し、満足そうに息をつくと。
「屁理屈ついでに、我儘言うぞ」
と、こちらの腕をつかんで引き寄せ、顔を近づけ、にいっと笑みを刻んだ。
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