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第1章:『エイルの使徒』のノーラ
「王宮医師は、お前のような田舎者の女子供がおいそれとなれるようなものではない、高尚な職だ。戯言を言っていないで、さっさと故郷へ帰れ」
王宮入口の衛兵が、目も合わせず面倒臭そうに手を振りながら言い放った台詞に、大きな荷物を背中に担いだ少女は目を見開き、発する言葉を失って、ぷるぷると唇を震わせる事しかできなかった。
「何なんですか、何なんですか、一体!?」
アタラクシア王国首都メルン城下街の広場で、噴水の縁に腰掛けた少女は、肩口までのまっすぐな黒髪を振り乱し、拳を突き上げたり振り下ろしたりを繰り返した。道行く人々が胡乱げな目で彼女を見ているが、本人は気に留めた様子も無い。
「田舎者って! 子供って! わたしのどこがそう見えるんですか!」
ぷりぷりと文句を放つ少女の格好はしかし、王都の人間が主に身にまとう、柄の入った皺の無い綿製の服とぴかぴかの靴ではなく、麻製のシャツと単色スカート。足元だけは長距離の歩行に耐えられるように革のブーツであるが、これまでの道程を示すがごとく、すっかりくたびれてしまっている。明らかに王都より離れた場所からやってきた人間である事を、その姿が如実に示していた。
弧を描く眉はやや太め、その下に輝く丸い瞳は澄んだ湖の色。鼻は小ぶりで、ぷうと突き出した唇はぷっくりとして血色が良い。化粧っ気の無いその顔は、まだ子供の域を脱していない。加えてその身長は、隣にどっかりと置いた旅の荷物に存在感を奪われるほどに小柄なので、年の頃は十三、四歳あたりに見える。
手を上げ下げし、足をばたつかせていた少女は、しかしひとしきり文句をぶちまけると、ふっと手を下ろし、水色の瞳を黒い睫毛で覆う。
「駄目、なんですかね」
ぽつり、と零れ落ちた声は、明らかな落胆をはらんでいた。
「あんなに、応援されて出てきたのに」
ぶらぶらと、地面に届かない足をゆるく振って溜息をつくと、ぐうう……と、腹の虫が不満の唸り声をあげる。そういえば、王都に着いてまっすぐ王宮に向かったので、昼ごはんを食いっぱぐれていた。少女は周囲を見回し、近くに、赤、青、白などの布屋根を張った、軽食の屋台が複数並び立っているのを見つけた。
すんすんと鼻をきかせる。香辛料のにおいが漂ってきて、少女はぴょいと地面に降り立つと、屋台のひとつへ向かった。
赤い布屋根を張った屋台の軒先では、太い串に刺された大きな肉塊が火に炙られながら回転していて、恰幅の良い中年の女性がナイフで肉を削ぎ落とし、薄い白パンに、ドレッシングをかけたたっぷりの野菜と共に挟み込んでいる。
「美味しそう……!」
少女がきらきらした目で見つめていると、女性はふっとこちらを向き、並びの良い白い歯を見せ、くしゃりと笑んでみせた。
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