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「この城下街で真っ昼間から盗みを働くとは、大した度胸の持ち主だな」
青年は、相手の腕を背中に回して固定し、馬乗りになると、二十代半ばだろう端正な顔に、子供が見たら泣き出すのではないかというほどのあくどい笑みを浮かべて、宣告する。
「その度胸、二度と悪事に使えないようにみっちり矯正してやるから、覚悟しとけよ」
たちまち置き引き犯が「ひいいっ」と怯えきった声をあげてすくみ上がり、周囲からは拍手とやんやの喝采が巻き起こる。やがて、がしゃがしゃと鎧を鳴らせながら、王宮入口に立っていた兵と同じ、白銀の鎧をまとった男二人がやってくる。街を巡回していた憲兵だろう。
「あとは頼むぜ」
「はっ!」
金髪とは対照的な黒服の裾を翻しながら青年が立ち上がり、すっかり抵抗の意志を失ってしまった犯人を突き出すと、憲兵達は顔の横に手を立てる敬礼を返し、男を引き立てていった。その姿が遠ざかってゆくにつれて、事態を見守っていた人々もはけてゆく。
その一部始終を、ぽかんと口を開けて見ていた少女の前に、青年がつかつかと歩み寄ってきて、
「ほらよ」
と、砂埃で薄汚れた荷物袋を突き出した。
「大事な物なんだろ」
その言葉に、少女の意識はやっと現実に立ち返り、「あ、ありがとうございます!」と、抱き込むように荷物を受け取る。
「大事なんです。本当に大事なんです。毎日つけている日記帳と、十三の誕生日に買ってもらった万年筆と、お祖父ちゃんの形見の本と、村を出る時にお父さんお母さんからお餞別にもらったお守りが入ってて」
「そんなに大事なら、一瞬でも目を離すなよ」
青年が紫の瞳を呆れ気味に細めて、深々と溜息をついた。顔は道行く女性が振り返るほどに格好良く、見事な金髪が太陽の照り返しを受けてまぶしく輝き、さながら獣の王者に見える。その前に放り出された獲物の草食動物のような気分がして、少女が萎縮していると。
「やあ、やあ。良かったねえ」
先程の屋台の女性が、にこにこ顔のまま、こちらに近づいてきた。その手には、包み紙に収まった羊肉の白パンサンドをふたつ、持っている。
「兄さんに、胸のすく光景を見せてもらったお礼だよ、お代は要らないから、二人でゆっくり食べなさいな」
「そ、そそそんな!」
サンドを差し出され、、少女は水色の目を見開いて、ぶるぶると首を横に振る。
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