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「買い物をする時は、値切ったり強請ったりする事無く、きちんと相手に労働の対価を払いなさい、って、お祖母ちゃんに教えられました。ただでいただくなんて、とんでもありません」
その言葉に、女性だけでなく、青年も、目を真ん丸くして少女を見つめた。奇妙な沈黙が場に落ちる。が、先にぷっと噴き出したのは、屋台の女性だった。
「あんたは良い家族に育てられたんだねえ。じゃあ、そのまっすぐさと、兄さんの活躍に、あたしは対価を払うよ。二人とも、これを受け取っておくれ」
そう言われては、これ以上固辞する訳にもいかない。少女は「ありがとうございます」と、背筋の伸びた礼をして、青年も「じゃあ、ありがたくいただくぜ」と手を伸ばし、サンドを受け取った。
「それにしても」
憲兵が置き引き犯を引っ立てていった方向を見やり、女性は空いた手を腰に当てて、憤慨するように鼻を鳴らす。
「国王様が代替わりされたってのに、白昼堂々盗みだなんて、城下もまだまだ穏やかじゃないねえ」
その言葉に、少女はきょとんと目をみはり、小首を傾げた。
「王様が、代わったんですか?」
少女の疑問を滑稽に思ったのだろう。「何だい、あんた、知らずに王都に出てきたのかい?」女性が苦笑しながら肩をすくめる。
「先代の王様が亡くなられて、その第一王子様が新たな国王に即位されたんだよ。えらい美丈夫だって噂さ」
そして、「それにね」と彼女は声を低め、内緒話のように顔を近づけてぼそぼそと続ける。
「あんまり大きな声じゃあ言えないけど、先代の王様は戦争ばっかりにかまけて、とんと政治に興味が無くてね」
元々、自分より上位の王位継承者を戦や暗殺で地獄へ蹴落とし、刃向かう者は容赦無く斬り捨てる。そのくせ、貴族の浪費や汚職、地位を巡る醜い争いも見て見ぬふりどころか、自身も毎日のように民の税を無駄遣い。贅を尽くした生活を送って、政治は腐り、城下街にも犯罪が溢れていたという。
「でも、罰が当たったんだろうね。不摂生を放置した無理がたたって、去年の冬、酒を飲みながら入った湯船でぽっくり、さ」
「突然死されたんですか」
少女が驚きに目をみはれば、女性は「あんた、よく知ってるねえ、そんな言葉」と、感心したようにうなずき、腰に当てていた両手を広げた。
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