第1章:『エイルの使徒』のノーラ

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「でも、第一王子様が国王になられると、先代に媚びへつらってた連中を次々片付けて、城下の犯罪取り締まりにも力を入れてくださったから、この街もだいぶ風通りが良くなったってもんさ」 「へえー……」  どうやら新しい国王の評判は、王都の民にはすこぶる良いようだ。だがしかし少女には、王宮前でにべも無く追い返された新鮮な実績が打ち立てられている。立派な王様に代わったのに、その王を守る衛兵の態度は、あんなにも横柄だったではないか。乾いた反応の後にぷっくり頬を膨らませると、ぽん、と頭に手が乗せられる。大きく温かな感触だった。 「まあ、世間話はそれくらいにしとこうぜ」  隣に立っていた青年が、紫の瞳を細めて、ぐしゃぐしゃと少女の黒髪をかき回す。元々そんなに背丈が大きくはない少女だが、青年は頭ひとつ分以上大柄で、並んで立つと、金色の獣王と黒毛の子犬に見えるかもしれない。 「折角ただでもらったんだ。冷めない内に食おう」  その言葉に、手の中のサンドの存在を思い出す。炙られた肉汁の染み出すにおいが空きっ腹を刺激して、また口の中に唾液がにじみ出てくる。  手を振って屋台へと戻る女性に深々と頭を下げて、少女は右手にサンドを持ち、左手に荷物を抱えて、噴水の縁まで戻り、腰を下ろした。  のだが。 「あの」  当然のように傍らに座り込む青年を、少女は疑問を込めた視線で見上げる。 「どうして、わたしの隣にいるんですか?」  すると青年は、 「冷めない内に食おうって言っただろ」  と、にやりと牙のような八重歯を見せて笑い、そのまま前に向き直ると、サンドに食らいついた。大きな歯形をつけてパンを噛み千切り、よく咀嚼すると、美味そうに嚥下する。その顔を見て、少女も自分の手にしたサンドに、ぱくりと口をつけた。  途端、羊肉の香ばしさと、酸味を帯びたドレッシングがきいた野菜の旨味が、じわっと口内に広がる。一緒に含んだ白パンはもちもちしてほんのり甘く、それぞれの具材が、得も言われぬ輪舞曲(ロンド)を奏でて、舌の上で踊っているようだ。頬袋に餌をため込むげっ歯類のごとく頬を膨らませて、満足げににこにこしていると。 「しかし、お前」  隣からかけられた声で、少女は美味の舞う世界からはっと我に返り、再度青年を見上げた。 「そんななりで王宮医師になりたいなんて、いきなり直談判しにいくとは、大した度胸の持ち主なのか、ただの無知なのか、どっちだ?」
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