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呆れきった声色に、もきゅもきゅと口の中の物を噛んで、飲み下す。口内が空になると、「見てたんですか?」と、少女は青年をじろりと睨みつけた。
「城の前であれだけ騒いでりゃ、近くにいる連中の注目の的だ」
何だそれは。衛兵にあっさり追い返された様子を、この青年は遠巻きに見物していたという事か。しかも無知とは何だ。むっとしたが、『腹を立てたら、深呼吸して五秒我慢だよ』と穏やかな祖父によく言われていた事を思い出して、もう一度サンドを口に含み、怒りと共に呑み込んだ。
そして、視線を遠くに馳せて、夢見る子供のように語る。
「わたし、ずっと医師に憧れていたんです。子供の頃、事故で死にかけた時に、お金の見返り無しに助けてくださったお医者様がいて」
そう、少女自身の意識は現実とあの世の狭間を漂っていて、その顔を見る事はかなわなかったが、両親は、
『青みがかった銀色の髪をした、笑顔の素敵なお医者様だったよ』
と事あるごとに語るし、あの低くて心地良い声は、今も忘れられない。王宮医師になって名声を上げれば、いつか彼が気づいて、再会出来るかも知れない。
「それに」
水色の瞳をきらきら輝かせて、少女は思わず身を乗り出す。
「わたし、ミラルカ様のようになりたいんです」
『奇跡の御手』ミラルカ・イーディスの名は、辺境にまで届いている。二十一という、医師としてはかなり若い年齢でありながら、既に幾つもの難しい手術を執刀し、成功に導いた、王宮医師団の紅一点。その実力だけでなく、噂に流れる美貌からも、アタラクシア中の若い男女の憧れの的になっている。
「ミラルカ様がいらっしゃるなら、王宮医師団に入る事も可能だと思いました」
それを聞いた青年が、一瞬、苦い物を口に含んだかのように顔をしかめた。しかし、すぐににやりとした笑みを浮かべたので、錯覚だったのかと、少女は首を傾げる。
が、青年の口から放たれた言葉に、疑念など一発で吹き飛んでしまった。曰く。
「お前、やっぱり無知だな」
「はっ、はあああああ!?」
素っ頓狂な声が喉の奥から迸る。そんな反応も想定の内とばかりに、青年は、ばさばさの金髪を手櫛でかき上げて、言葉を継いだ。
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