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「あのなお前。ミラルカはそれこそ歩き出すより先に文字を教えられて、絵本の代わりに医学書を読んで育ったような女だ。高等学園を飛び級して、王宮付属の医学校も主席で卒業した、王宮医師になるべくしてなった奴なんだよ。お前みたいな田舎者は、王宮医師になるどころか、学校に入る金もコネも無いだろ」
「学校? 金? コネ?」
首を傾げる。王宮医師は、希望すればなれるものだと思っていた。学校に通わねばならないとは、初耳だ。
「だから田舎者だっていうんだよ」
青年はひとつ溜息をつくと、サンドの残りにかぶりつき、むしゃむしゃと食い尽くして、包み紙から染み出して指についた脂をぺろぺろと舐める。
「国王が代わったっていっても、昔からの体制が一朝一夕で変わる訳じゃねえ。王宮医師はいまだに、貴族の次男三男坊が、跡継ぎの長男よりは偉くならない程度の出世コースを歩む為の道として用意されたものだ。平民はお呼びじゃないんだよ」
明かされた実態に絶句してしまう。そんなからくりが王宮医師団には仕組まれていたのか。サンドを食べる手も口も止まって、うつむいてしまう。応援して送り出してくれた、両親の顔が浮かんでは消えてゆく。
夢が叶いませんでした、とすごすご故郷に帰ったら、彼らををどれだけがっかりさせるだろう。密かに貯めていたへそくりから、王都へ行く為の旅費を捻出してくれた母に合わせる顔が無い。何より、命の恩人に巡り会える機会を永遠に得られない。目の奥がじんわりして、うつむき、はなをすすった時。
「きゃあああああ!!」
広場の向こう、大通りから聞こえてきた悲鳴と、それに混じる馬のいななきに、少女はばっと顔を上げた。傍らの青年も、表情を険しくして腰を浮かせる。
まだ残っている白パンサンドを咄嗟に鞄に突っ込み、荷物を背負って立ち上がる。青年は既に駆け出し、少女と十数歩の距離を開けていた。その背中を見失わないよう、荷物の重みによろけながらも小走りに後を追う。
大通りは騒然としていた。出来上がった人垣の向こうに乗合馬車の幌が見え、女性の半泣きの叫びと、「俺は悪くねえ! そっちのガキが勝手に飛び出してきたんだ!」という怒号が耳に届く。
交通事故だ。直感的に思い至る。
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