0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
花子さん、遊びましょ
「え……、えぇ………?」
驚きのあまり、情けない声を出している。
のは、私ではない。
声の持ち主はトイレの花子さんだ。
「あんた、何で私を見て驚かないのよ…?」
赤いスカートに黒髪のおかっぱ少女はあり得ない、と言いたそうな顔で私を見つめる。
時を遡ること数分前、私は就職の為上京して新しい家に来たことから始まる。
初めての一人暮らしに少し心を躍らせていたのも事実。大家さんから鍵を貰って綺麗なエレベーターに乗り、6のボタンを押す。
新築で駅から5分の場所にあるこのマンションのお値段はもちろん高い。だが、私がこれから住むところはとても安い。不動産屋によると住む人たちは1ヶ月もしないうちに出て行ってしまうらしい。
だから、その原因がトイレの花子さんだと知った時は拍子抜けした。みんなそんなことで出て行っているのかと。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
返事を返せるなんてなかなかいい花子さんじゃない。気に入ったわ。
「私、今日からここに住むの。よろしくね」
「え、いや、あの…」
「あぁ、名前?桜庭京子(さくらばきょうこ)よ」
私忙しいから、と荷解きをし始めると花子さんは戸惑いながら声をかけようにも邪魔をするまいとちょこんと隅に正座した。
「花子さん、ちょっと手伝ってくれる?」
花子さんはビクッとしつつも素直に荷解きを手伝ってくれた。そのおかげで予定よりも早く引越し作業は終わる。
「はい、オレンジジュース」
お礼に花子さんにオレンジジュースを渡すと美味しそうにごきゅっごきゅっと飲んだ。
「……いやいやいや!」
「なに」
「何じゃないわよ!私花子さんなのよ!?」
花子さんはとても元気みたいだ。
「だから何よ」
「もしかして花子さんをご存知ない!?」
「ご存知あるわよ。トイレの花子さんでしょ」
「その二つ名嫌なの!!……だって私女の子なんだよ………?」
そして、意外と乙女だ。
「普通私をみたら怖がるでしょ!」
「花子さんって実際あってみると大したことなくね?」
鼻を鳴らすと花子さんは顔を真っ赤にして怒った。
「だから何でトイレの花子さんがここにいるの?」
「だからその呼び方やめてよぉ!しかもそれ聞くの今じゃないでしょ!最初に聞く質問でしょ!」
「私からの質問はこれが最初でしょ」
「違うよ!荷解きを手伝ってくれるかって質問だったよ!」
め、めんどくせぇ……。
「花子さんは何でここにいるの?」
「知らないよ…分かんないよ…。いつの間にかいたんだもん……」
「元々学校にいたってこと?」
「そうだよ」
「ふーん」
「興味持てよ」
私は軽くなったビールを名残惜しそうに飲むのが上手い。案件下さい。そしてビールを飲ませてくれ。
「人体模型君もモーツァルトさんもテケテケちゃんもいなくなっちゃった……」
仲良しかよ。
ここでそんな仲良しな関係性知りたくなかったわ。
「もうずっと一人だよ……」
ポロポロと涙を流す花子さん。
大人の私も少しは気を遣う。
「そんな長い間も離れちゃったの?」
「9ヶ月」
「お前いくつだよ」
何十年も時を過ごしてるんだからそのくらい我慢しろや、の言葉は何とか飲み込んだ。
「1人は寂しいよぉ…」
ポロポロと落ちる涙。
1人は寂しいよ。
それに気づくのにどれほど長い年月が経っただろうか。でもさ、
「花子さん、遊びましょ」
私がいるよ。
大丈夫一緒にいるよ。
コン、コン、コン。
床を3回ノックする。
遊びましょ、の合図。
花子さんは驚いたように私を見つめる。
私は笑った。
「あ、ノックする法則とか実際ないからお気になさらず」
「雰囲気ぶち壊してんじゃねぇよ」
最初のコメントを投稿しよう!