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午前の授業を何とか終えて、晃の案内で食堂で昼食にありついて。ようやく一息つけたと思っていた矢先にそれはやってきた。
『あー、2-Aの櫻井色、藍原晃、美鳥飛鳥、至急数学準備室まで。いいか、大至急だぞ。』
呼び出しのチャイムの後に聞こえた木崎の声に俺の休息の時間はあっという間に終了した。
「っざけんな、今度は何だ!」
「っ、」
ドアを破壊せんばかりに力いっぱい開けば、驚きでビクリと身体を震わせた人物と目が合った。
「……あ、悪い。」
「あ、だ、大丈夫、です。」
数学準備室には部屋の主の姿はなく、姿勢正しく椅子に座っている生徒が一人。
俺の怒りはいきなり矛先を失ってしまった。
そう言えば放送で呼ばれてたのは三人だったなと今更ながらに思い出す。
今朝は結局名前を聞けずじまいだったから誰のことなのかわかっていなかったが、そうか、またしてもか。
「朝は助かった。えっと、」
「美鳥飛鳥と言います。よろしくお願いします。」
「あ、ああ。よろしく。」
ご丁寧に腰掛けていた椅子から立ち上がりぺこりと頭を下げる美鳥につられて、こちらも何となく頭を下げる。
「あれ、木崎ちゃんは?」
俺の背後からひょっこりと顔を出した晃に、美鳥は苦笑いをうかべる。
「書類がないとかなんとか。すぐ戻ってくるから待っていろとの事だったけど…」
「……嫌な予感しかしないねぇ。」
「……だな。」
とりあえず待つしかなさそうだ。
室内にある椅子を引っ張り出して適当に腰掛ける。
晃はといえば、勝手に部屋の奥のコーヒーメーカーを弄りだし、鼻歌交じりにコーヒーを入れだした。
「色はブラックでいいよね?美鳥君は?」
「え、あ、あの、」
「あー、気にしない気にしない。いつも勝手に使ってるから。」
そうか。いつもなのか。
もはや突っ込むことすら面倒くさい。こいつのやる事になす事全てに突っ込んでいたら身体がいくつあっても足りない事は数年前から学習済みだ。
「砂糖いる?それともカフェオレ?」
「え、っと、じゃあ砂糖を…」
「オッケー。」
勝手知ったる何とやら。晃は棚の上からシュガーポットを取り出し、冷凍庫から氷を大量にコップに入れ、さらには冷蔵庫から勝手に牛乳まで拝借し、手際よく四人分のコーヒーを入れた。
俺にブラックコーヒーを、美鳥にシュガーポットとコーヒーを手渡し、自身はカフェオレのカップを手に手近な椅子に座る。木崎のデスクにはアイスコーヒーが置かれたあたり、本気でこいつはこの部屋に入り浸っているんだろう。
そうこうしているうちに、扉の向こうからバタバタと足音が近づいてきた。
「悪い、遅くなった。」
息をきらしながら室内に入ってきた木崎は部屋の奥の自分のデスクに座るや否や晃の入れたアイスコーヒーを当たり前のように手に取り一気に飲み干した。
そうして俺達三人に視線をめぐらせる。
「よし、揃ってるな。」
「よし、じゃねぇよ。要件はなんだ。」
「至急って言ってたけど、」
「そうなんだよ。至急だ。寮母さんからクレームきたんだよ。」
そう言いながら視線は真っ直ぐ俺に向けられる。
木崎の人差し指が俺に突きつけられた。
「お前の荷物で寮の玄関埋め尽くされてるから早く何とかしろとさ。」
「は?そんなもん部屋に運んでもらえばいいだけだ……」
言いかけて思い当たる。
晃と美鳥も同じ結論にいたったらしく、じ、と木崎へ視線を送る。
三人分の視線を受けて、木崎は乾いた笑いを浮かべた。
「木崎ちゃんまさかとは思うけどさぁ、色の入寮手続き…」
「…………まぁ、そういう事だ。」
ペロリと舌を出し、ウインクまでキメながら白紙の入寮手続き書類を差し出してきた木崎に、俺は拳をぐっと握りしめた。
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