やめるはひるのつき

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「病室でパソコンを使っていいのか心配したけど、このお部屋は大丈夫よって、看護婦さんが言ってくれたの」  画面の中の青年に、雪乃(ゆきの)が嬉しそうに話しかける。看護師の中田(なかた)は、姿勢が楽になるように、雪乃の背中に枕を入れた。  画面の中から優しい面差しの青年が雪乃に聞いた。 『雪ちゃん、体の具合はどう?』 「少し、胸が苦しいの。でも、大丈夫よ。裕一(ゆういち)さんは? 危ない目に遭ってない?」 『うん。大丈夫だよ』  よかった、と雪乃は胸に手を当てた。 「いつ帰れるか、わかったら教えてね」 『……うん』  雪乃の目に涙が溢れてくる。 「会いたい。裕一さん……」 『雪ちゃん……、泣かないで』  青年の顔を見つめて雪乃は頷く。うつむいて、自分のお腹にそっと手を当てた。 「赤ちゃんが、心配するわね……」  一人で産むのは心細い。でも、今は大変な時だし、まわりのみんなも一人で頑張っている。助け合っているから大丈夫だと、どこか自分を励ますように呟いて、画面の中の青年をじっと見つめた。 「こんなふうに、遠くにいる裕一さんと話せるなんて、夢みたい……」  そう言って、また少し涙ぐむ。 「やめるはひるのつき」  囁くように雪乃は言った。 「姿は見えなくても、私、ずっと、裕一さんのそばにいる」 『うん』  それから、胸を押さえて何度か短い息を吐いた。 「ごめんね、裕一さん……。今日は少し疲れちゃった」 『もう休んで』 「元気な顔が見られて、嬉しかった……。また、こうやってお話できる?」 『うん。言えばいつでも、母さんがつないでくれるからね……』 「お母さん……?」  背中を支えながら、中田は「弘美(ひろみ)さんのことですよ」と雪乃に教えた。 「……ああ、ええ。そうだったわね」  曖昧に頷いて、雪乃はベッドに体を横たえた。 「ありがとう……。少し休めば、楽になるから」 「何かあったら呼んでくださいね……」  中田が最後まで言い終わる前に、雪乃は深い眠りに落ちていた。
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