やめるはひるのつき

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 中田が病室を出ようとすると、五十歳前後の品のいい女性がペットボトルを抱えて戻ってきた。 「弘美さん、お疲れ様です」  雪乃はちょうど今眠ったところだと伝える。 「疲れたのかしら?」 「ええ。でも、すごく嬉しそうでしたよ。昨日までは、あんなに泣いてばかりいたのに」  弘美は頷いて、中田に礼を言った。  中田と入れ変わるようにベッドの横に立ち、雪乃の寝顔をじっと見つめる。自然と口元がほころんだ。 「ほんと。幸せそうな顔しちゃって……」  ふふふと笑ってベッドサイドの棚から洗濯物の袋を取り出す。下部に組み込まれた小型冷蔵庫を開け、買ってきた天然水のペットボトルをしまった。 「雪ちゃん、またね」  白いカーテン越しの薄い光が雪乃のベッドを包んでいた。  駐車場に向かいながら、弘美は母と息子に電話をかけた。  息子の祐介(ゆうすけ)は三年前に就職して、今は仙台で一人暮らしをしている。食品メーカーの東北営業所で岩手を担当し、月曜日に仙台営業所に出社した後は新幹線で盛岡に移動し、週末までホテルに泊まって県内の取引先を回っているそうだ。 『東北は広いからね』  取引先から取引先への車の中から、祐介は時々、弘美に電話をかけてきた。 「最近はどう?」 『雪がすごくて、運転が怖いよ』  二月の今は埼玉でも寒い。弘美も運転席に乗り込みながら、「運転、気を付けてね」と声をかけた。 「で、あれは、どんな感じだった?」 『うん……。なんとかやれると思うよ』  祐介の声に頷き、いくつかやり取りをした後で、『そろそろ切るよ』と言われて通話を切った。
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