やめるはひるのつき

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 祐介から、突然「今日、帰る」と連絡があった。  入院中の家族の容体が思わしくないから会っておくのだと聞いて、佳織はギクリとした。 「私も、雪ちゃんに会いたい」 『会ってくれるの?』  スマホの画面に向かって頷いた。  祐介とは高校二年からの付き合いだ。祐介の家族ともすっかり顔なじみになっていた。  祐介を迎えに行き、そのまま病院へ行くという弘美が、「佳織ちゃんも乗ってく?」と軽く声をかけてくれた。車を持っていない佳織は、ありがたくその言葉に甘えることにした。  三月初めの土曜日。  駅に着くと祐介が車内を覗き込み、「勢ぞろいだな」と笑った。助手席には弘美の母であり祐介の祖母でもある菜乃花も乗っていた。 「菜っちゃん、腰、大丈夫?」  祐介が菜乃花を気遣う。祖母の菜乃花と、曾祖母の雪乃。二人の「おばあちゃん」がいる祐介の家では、それぞれ二人を「菜っちゃん」、「雪ちゃん」と呼んでいた。 「私は大丈夫よ。祐介こそ、忙しいのに、いろいろありがとね」  心臓と肺の機能が急に衰えて、胸の苦しさを訴えるようになった雪乃が入院したのは去年の夏。  秋ごろから、少しずつ認知症の症状が出始めた。  年が明けると、一日の大半を眠って過ごし、目が覚めている時には夫の裕一に会いたいと泣くことが増えた。  第二次世界大戦のさなかに、十九歳で五つ年上の幼馴染に嫁いだ雪乃は、わずか三か月の新婚生活の後に、戦地へ向かう夫を見送った。おなかに菜乃花を宿しているのを知った頃、戦死の知らせを受けたと聞いた。  周囲の説得を拒んで菜乃花を産み、洋裁の腕一本で菜乃花を育てあげ、弘美をはじめとした三人の孫と、祐介を含めて五人いる曾孫の世話をし、みんなから「雪ちゃん」と呼ばれて愛されている。  そんな雪乃のために何かできないかと考えた弘美は、裕一によく似た祐介に「オンラインお見舞い」を頼んできた。  仕事の合間に都合をつけて、何度か雪乃と話したと聞いている。  十九歳に戻った雪乃は、裕一に「会いたい」と「帰ってきてほしい」と言って泣くのだと、佳織は何度か祐介から聞かされた。 「直接会って、雪ちゃん、混乱しないかな」  後部座席のドアを開け、佳織の隣に乗り込んできた祐介が心配そうに言った。  言いながら手を繋いできた。  確かな温もりに、佳織は少しだけ涙が出そうになった。
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