訪問人の忠告

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訪問人の忠告

 思い出す幼い頃の記憶の中には、必ずと言っていいほどいつも、隣に純白の男の子がいた。彼はとても優しく、でもとても強く、それ故美しい。別に容姿が美しくなくてもよかったのだ。本当に美しく真っ白なのは、彼の心だ。  だから、私が彼に惹かれるのは当然のことだった。  しかし、私は兄が一番大事で、彼は妹が一番大事。だから、どこかで矛盾が生じる。  薄紅色を彼の中に見たことがあった。しかし、彼は与えることを躊躇(ためら)って、私は受け取ることを躊躇った。  中学生以降の記憶の中には、彼の姿はほとんどなくなっていた。恐らくお互いに、意図的だったのだろう。  それから、私は同じクラスの全く関係ない人を好きになって、兄もただの兄でしかなくなる。一方、彼はどこで恋愛観がズレたのか、妹にかまうことはなくなり、実質住所不定でふらふらと年上の女性の元で寝泊まりしていた。それも、同じところに留まっているのは、最高でも2ヵ月くらいという。  結局高校生になる頃には、2人とも一番大事なものすら見失っていた。    ***  いつものように家に帰ると、アパートの自分の部屋の前に人影があった。一瞬警戒したが、すぐにその正体に気づく。  学校と両親の職場が遠いため、私は現在1人暮らしをしている。だから、帰りを待っている人はいない。だが、たまにやってくる人が1人だけいた。  カツカツと足音が響く古い階段を上る。  人影は、フードを被って(うつむ)いて、私の部屋の扉の前で(しゃが)み込んでいた。足元には、小さめのボストンバッグが置いてある。なんだか泣いているようにも見えた。哀愁漂う年寄りに見えて、思わずため息をつく。 「何してるの」  ぱっと子犬のように顔を上げたのは、やはり彼だ。足音が聞こえていなかったわけでもないだろうに、驚いたようにこちらを見ている。うとうとでもしていたのかもしれない。無駄に整ったその顔は、思ったより暗い表情はしていなかった。  彼がここに来るのは珍しい。普段は、年上の面倒見てくれそうな女性を取っかえひっかえ恋人にし、フリーの時はあまりないのだ。 「おかえり」  大きく開いた目が細くなって、ふわりと笑みを浮かべる。本当に、主人を待っていた忠実な犬のようだ。夕日に照らされたその美しい顔に騙されそうになって、思わず顔を背ける。 「どいて」 「はいはい」 「鍵は?」 「ここに置いてっちゃってた」 「まったく。なんで来たの?」 「なんでって、ひどいなぁ。君が寂しがってるんじゃないかって思ってね」
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