君の声を抱きしめて

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もう君がいなくなってから何ヶ月経っただろう。 安らかに眠る君の顔を今でも忘れることはない。もともと身体が弱かったことを隠して、僕と付き合ってた頃は強がってたなんて…。 どうして気づかなかったんだろう。どうしてもっと優しくしてあげられなかったんだろう。 後悔が後を立たない毎日。 君のことをどうしても思い出して、泣いてしまう僕がいる。 すっかり泣き虫になってしまったようだ。 世の中で辛いことを経験してる人なんてたくさんいるし、僕もその中の一人なのだろう。 それでもただ一人このどうしようもなく空虚で、全てこぼれ落ちていくような悲しみを共有できるのは自分しかいない。 悲劇のヒロインぶらせてくれてもいいだろう。 太陽の日差しが煌々と差す、今は一人暮らしとなってしまった部屋に佇み、12月の夜のような冷たさが僕を覆って囲んでいる。 もう現代では離せない存在となったスマートフォンを手に取って時計を確認し、お昼だということに気づく。 虚ろな瞳で何をするでもなく画面を見つめ、動かす。そこには時間の流れだけが存在している。 すると、とあるオンラインアプリが表示されている画面が僕の目に止まった。 「最愛の人にもう一度逢いたいですか」 なぜこんなものが出てきたのかわからない。 無意識が実体をまとい、僕の指を動かしたのだろう。 君にもう一度逢えるなら…。 君を失ってからの日々で何度そう考えたことだろう。 迷わず画面を操作し、先へ進んだ。 中を開くと、「最愛の人にまた逢えるなら…あなたは何を伝えますか」と書かれていた。 僕なら何を伝えるのだろう。 君の嘘に気づけなくてごめん。 鈍感な僕でごめん。 もっともっと君に優しくしてあげられなくてごめん。 感謝の言葉を素直に伝えられなくてごめん。 いくら謝っても許してくれないだろうけど、天国で君は今何を考えてるのか、一言でもいいから聞きたい。 そう思った、その時、コール音が鳴る感覚がした。実際に鳴ってるのかなんてどうでもよかった。 どれぐらいの時が経っただろう。 もう深い海の底まで沈んでいくような果てしない時間だったのか。 「もしもし、あなた元気?」 無限にも思えた時間が果てを迎えた。 暗くて深い海の底に、太陽の光が差し込んだようだった。 君の声が聞こえた瞬間、あの暗く目の前の道すら見えなかった僕の世界が一瞬で鮮やかになり、四季折々の花が咲き、鳥たちがさえずり、心地よい暖かさが肌をなでる、そんな陽だまりの世界に姿を変えた。 「あなた、元気にしてる…?」 間違いなく君の声だ。 僕が愛した君の声だ。 声を聴いただけなのに、君の仕草も、表情も君が好きだったホワイトティーの香水の匂いも君と巡った場所の思い出も全て鮮明に僕の中で蘇っていく。 本当に僕の目の前に君がいるような気がした。 「もちろん元気だよ」 発した言葉は震えていた。 渇き切った喉が、君の声という水を欲していた。 「また逢えてよかった…。何も言わずにあなたの元を離れてしまってごめんなさい。」 君は涙ぐむ声でそう言った。 僕を責めることなんて一切せずに。 何一つ変わらない君がそこにいた。 何を伝えよう。 正座した足を崩した後のように、頭がビリビリと痺れている。 「なんで黙っていなくなってしまったんだ…。 どれだけ僕が寂しい思いをしたか。身体が弱いなら無理して僕のわがままになんて付き合ってくれなくてよかったのに。もっと優しくしてあげたかった…。君がいないんじゃ僕は…。」 漏れ出た言葉が、君へと届いていく。 でも違う。 こんな言葉を君に伝えたいんじゃない。 そんな僕に、君はこう返した。 「無理なんかしてないよ。あなたの優しさは私には十分すぎるぐらい貰ったわ。そんなあなたが大好きだった。心の底から愛してた。」 もう留めることなんてできなかった。 伝えるべき言葉、伝えなければいけない想いが止めどなく溢れ出てきた。 「いつも料理を作ってくれてありがとう。一緒に映画を見てくれてありがとう。一緒に旅行をしてくれてありがとう。一緒にくだらないことで笑ってくれてありがとう。一緒に人生を歩んでくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう。僕なんかを選んでくれて本当にありがとう。君ともっと…もっと…一緒にいたかった…。 どんな些細な思い出でも一緒に作っていきたかった…。君に隣にいてほしかった………。」 「僕も心の底から君を愛してた。」 そう伝えて、君はふっと笑っていたにちがいない。 「ありがとう。私はあなたの隣にずっといるわ。私がいなくても一生懸命生きて。これが私の最後のお願い。大好きなあなたなら、私が愛したあなたなら、きっと叶えてくれるよね。」 君の声は僕の心に身体に染み渡り、凍えた心を溶かしてくれる。 ようやく今が4月の暖かい季節だということに気づいた。 君から出た言葉を噛み締め、僕は最後にこう言った。 「絶対に叶えてみせるよ、春香。」 「あ、やっと名前呼んでくれた。  それじゃあね、ありがとう、さようなら。」 君は最後にそう言って、去っていった。 ツーツーと言う虚しい音と君が置いていった声だけが明るい部屋を満たしていた。 スマートフォンの電源を切り、僕は一言一句、君との会話を思い出し、充足感に浸った。 君の声の残り香を抱きしめ、決してもう離さないと誓った。 君と結んだ約束を果たすまで。
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