ふたりの家

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ふたりの家

 窓から差し込んでくる朝日を浴びて、私は目を覚ました。光は白いカーテンを通して、部屋をぼんやりと明るくしている。  なにか、懐かしい夢を見たような気がする。  幼い頃は、不思議な夢を何度も見ていた。大抵のものは曖昧で少し怖い印象で、子供の不安定な心を映していたように思う。今は、夢を見ることすら少なくなってしまった。  それでも時々、朝起きたら懐かしい夢を見たと感じることがあった。思い出したくても思い出せないもどかしさ、忘れてはいけないことを忘れてしまったような喪失感。  そんな朝は、夢の残像のような赤色が消えるまで、布団の中でぼんやりと天井を見ている。 「アリス」  トントンと控えめなノック音がして、少し癖のある声が部屋の外から聞こえてきた。不本意にもほっとしてしまう、兄の声だ。 「起きてるよ。すぐ行く」  つい素っ気なく言って、布団から起き上がる。(さく)が今日も家にいることに慣れず、今更ながらどう接していいのかも分からない。  朔の行方不明事件から1週間、彼はずっと家にいた。中学生以降こんなに一緒にいたことはないかもしれない。しかも、今日から夏休みが始まり、部活以外はほとんどずっと家にいることになる。  急に一緒にいる時間が長くなり、微妙に反抗期を抜け出せない私は、どうしたらいいかまだ分かりかねていた。 「おはよう」  のろのろと着替えてリビングへ行くと、爽やかな笑顔が出迎えてくれた。朝日と同じくらい眩しい。  美しいことに理由はない、という千翔(ちか)くんの言葉を思い出す。確かにそうなのかもしれない、とこの顔を見ると思う。誰が見ても輝いている。それ自体に意味はつけようがないように思える。 「おはようのハグ」  身の危険を感じて、私は思わずよける。 「もう、そんなに嫌がらなくてもいいのに」  朝から抱きつこうとしてきた朔は、拗ねたフリをしてみせた。彼は冗談が分かりづらいし、半分本気だったりするのだろう。  先日、自分たちの関係についてきちんと話して以来、朔は開き直ったようにこの調子だ。だからこそ、私の反抗心はいつまで経ってもなくならない。     私は朔を無視して、いい匂いに誘われるようにダイニングテーブルに向かった。     元々ふたり暮らしを始めるとき、家事は分担すると決めていた。今まではほとんどひとり暮らし状態だったが。朔がいると、ご飯を作る量などは2倍になるが、半分やってくれるので楽だった。
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