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思い出話
「陸上部の合宿?」
「うん。て言っても練習とかはなくて、普通に遊びに行くだけだけど」
終業式の日の部活の後、私はたるとの家へ来ていた。そこで、合宿の話を聞いたのだ。
「でも、いいの?関係ない人が行って」
「うん全然へーき。最初は陸上部員だけの予定だったんだけど、みんなが色んな人誘って、今じゃ結構フリーになってるの」
「ちなみに、俺も行くから」
暇そうにテレビを見ていたたるとの双子の兄、圭貴が振り返って笑う。キッチンでは、たるとの母が夕食を作ってくれている音がしていた。私たちは佐藤家のダイニング兼リビングのテーブルで向き合って座ったまま、話を続ける。
「圭貴は学校も違うじゃん。ほんとフリーだね⋯⋯。いつから?」
「3日から4日間」
運動部に所属する高校生の夏休みの予定は、基本的に部活やクラスの文化祭の準備のみだ。たるとが提示した期間は、私も部活が普通にある。しかし幸いなことに、陸上部と違って弓道部は緩めだ。予定の融通はききやすい。
あとは、部活を休んで良いのかという良心の葛藤による。しかし、たるとと圭貴がいるならば、絶対に楽しいだろうという確信がある。
「行こうかな」
私がそう答えるまでに、さほど時間はかからなかった。
「ほんと!? やった!部活のせいで、あーちゃんとこうやって遊ぶ機会なかったからね」
嬉しそうにはしゃぐたるとに、思わず頬が緩む。
「ちなみに、どこ行くの?」
「それはもちろん海だよー。夏の定番だからね」
「絶対楽しいよ。やっと高校生になったんだからエンジョイしなきゃな!」
ソファのうえで拳を握る圭貴だが、彼はいつだってどこでだって、エンジョイしているように見える。
「圭貴、知ってる人私たちだけだけど、いいの?」
「何言ってんだよアリス。これから知り合いになって仲良くなるの」
「あ、そう」
さすがだ。人間関係において、恐れというものを知らない。心配なのは私の方かもしれない。知り合いが少ないというのは、私も同じなのだから。
ふと、圭貴の言葉に思い出したことがあった。
「話変わるけど、どうして圭貴は私のことアリスって呼ぶの?」
最近になって改めて考えていたことだ。アリスなどというメルヘンチックなあだ名を今までは普通に感じていたが、その由来を知らない。
そう考えたきっかけは、最初から私のことをアリスと呼んでいた千翔くんだった。夏休みに入る前、私が誘拐によって記憶をなくしたという事実を彼から聞いた。それ以来、そういう過去の些細なことが気になってしまっていた。
「どうしてって⋯⋯気安く呼ぶなってこと!?」
「いや、なんでそんなあだ名で呼ばれるようになったのかなって」
「え、アリスってあだ名なの?」
「何言ってるの、圭ちゃん。8年の間に名前も忘れちゃったの?」
「本名、有里朱音ですけど」
「ええっ違和感半端ない」
圭貴はテレビに背を向けてソファに膝立ちして、微妙に馬鹿にしたように笑ってくる。
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