2人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
「朔兄がアリスアリスって言ってたから、ずっとそれが本名だと思ってた。たるとも小さい頃は本名知らなかったんじゃないの?」
「そ、そうかも」
たるとは目を逸らして苦笑いしている。私は呆れて幼馴染みの双子を見るが、自分も記憶は曖昧なので、人のことは言えない。
「でもやっぱ、朔が呼び始めたあだ名なんだ」
「そうなんじゃない。うわー久しぶりに朔兄に会いたいなぁ」
圭貴が懐かしそうに言う。ぼんやりとした記憶が、なんとなく浮かんでくる。はっきりとした映像が浮かんでくることはないが、私たち4人が仲良かったことは覚えている。
「アリスが引越しちゃった時は残念だったな。急なことで別れの挨拶すら出来なかったもんな」
「そっか、そうだったっけ⋯⋯」
眉をひそめる。
「あのさ、私が引越す前、何か事件とかあった?」
「「事件?」」
双子はきょとんとする。この様子だと、2人も誘拐について覚えていないのかもしれない。あるいは、知らないのか。
そのとき、佐藤家の母、佐江さんがキッチンから顔を出した。
「夕飯できましたよー」
今日は元々、夕飯をご馳走になりに来たのだ。彼女はたるとの母親だけあって、料理が上手い。私の母は料理が苦手だったため、小さい頃は隣の家のご馳走がとても贅沢なものに見えた。
「昔の話をしていたの?」
「そう、お母さんは覚えてる?あーちゃんたちが引っ越した時のこと」
「引越しねぇ。あの時は急だったわね。アリスちゃんのお母さんとも仲良くしてたんだけど、挨拶できずに行ってしまったわ」
「え、お母さんも?」
私の母が挨拶をしないとは、考え難い。それほど急だったということなのかもしれない。
「ええ。でも確か⋯⋯」
佐江さんは何か言いかけて、私の顔を見るとはっとしたように口を閉じた。私は、隠し事をしようとする人を見抜くことには長けている。
「佐江さん、何か知っていたら教えて欲しいんです。引っ越した当時の記憶があまりなくて」
彼女の目を真っ直ぐに見て、臆することなく言えた自分に驚いた。千翔くんや朔のような隠し事が好きな人たちといて、多少は度胸がついたのかもしれない、と思う。
佐江さんも少し驚いたように私を見ていた。
「分かったわ。でも、思い出話は夕飯食べながらにしましょう。アリスちゃんも、準備手伝ってもらえる?」
笑いかけてくる彼女に、私は頷く。子供たちのようにテンションが高いわけではないが、言葉を発するだけでその場の雰囲気を明るくできるのは、ある種の才能だ。双子のそれは、彼女から受け継いだものだろう。
最初のコメントを投稿しよう!