思い出話

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朔兄(さくにい)がアリスアリスって言ってたから、ずっとそれが本名だと思ってた。たるとも小さい頃は本名知らなかったんじゃないの?」 「そ、そうかも」  たるとは目を逸らして苦笑いしている。私は呆れて幼馴染みの双子を見るが、自分も記憶は曖昧なので、人のことは言えない。 「でもやっぱ、朔が呼び始めたあだ名なんだ」 「そうなんじゃない。うわー久しぶりに朔兄に会いたいなぁ」  圭貴が懐かしそうに言う。ぼんやりとした記憶が、なんとなく浮かんでくる。はっきりとした映像が浮かんでくることはないが、私たち4人が仲良かったことは覚えている。 「アリスが引越しちゃった時は残念だったな。急なことで別れの挨拶すら出来なかったもんな」 「そっか、そうだったっけ⋯⋯」  眉をひそめる。 「あのさ、私が引越す前、何か事件とかあった?」 「「事件?」」  双子はきょとんとする。この様子だと、2人も誘拐について覚えていないのかもしれない。あるいは、知らないのか。  そのとき、佐藤家の母、佐江(さえ)さんがキッチンから顔を出した。 「夕飯できましたよー」  今日は元々、夕飯をご馳走になりに来たのだ。彼女はたるとの母親だけあって、料理が上手い。私の母は料理が苦手だったため、小さい頃は隣の家のご馳走がとても贅沢なものに見えた。 「昔の話をしていたの?」 「そう、お母さんは覚えてる?あーちゃんたちが引っ越した時のこと」 「引越しねぇ。あの時は急だったわね。アリスちゃんのお母さんとも仲良くしてたんだけど、挨拶できずに行ってしまったわ」 「え、お母さんも?」  私の母が挨拶をしないとは、考え難い。それほど急だったということなのかもしれない。 「ええ。でも確か⋯⋯」  佐江さんは何か言いかけて、私の顔を見るとはっとしたように口を閉じた。私は、隠し事をしようとする人を見抜くことには長けている。 「佐江さん、何か知っていたら教えて欲しいんです。引っ越した当時の記憶があまりなくて」  彼女の目を真っ直ぐに見て、臆することなく言えた自分に驚いた。千翔くんや朔のような隠し事が好きな人たちといて、多少は度胸がついたのかもしれない、と思う。  佐江さんも少し驚いたように私を見ていた。 「分かったわ。でも、思い出話は夕飯食べながらにしましょう。アリスちゃんも、準備手伝ってもらえる?」  笑いかけてくる彼女に、私は頷く。子供たちのようにテンションが高いわけではないが、言葉を発するだけでその場の雰囲気を明るくできるのは、ある種の才能だ。双子のそれは、彼女から受け継いだものだろう。
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