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もう1人は、集団から一歩引いたところに1人でいる男子。
名前は分からない。しかし、学校の集会などで校歌を歌う時など、よくピアノを弾いている人だった。彼は腕を組んで、駅の柱に貼られた何かを熱心に見ている。こちらも、日に当たったことなどないように、肌が白かった。
「そろそろ皆集まったかー」
陸上部の部長がよく通る声で言う。彼は今回の合宿の主催者だった。部活の練習をするわけではないため、先生は来ていない。ちなみに、3日目以外は団体行動で、スケジュールは部長セレクトらしい。
「部長、男子まだ9人しかいねーよ」
「千翔くんが来てない」
「千翔くん、来るの?」
誰かがその名を呼ぶのを聞いて、私はたるとに尋ねる。もう1人の陸上部の知り合いである彼は、面倒だとか言って参加しないと思っていた。
「うん。あ、ほら」
たるとが指さす方を見ると、だるそうに歩いてくる男子がいた。長いジーパンと黒いパーカーが、なんだかさらにだるそうに見える。千翔くんも、彼のことを知らなかったら、陸上部以外の人だと思っていただろう。
「遅れてすいません」
気持ちの込もっていない謝罪を受けてから、部長は出発の号令をかける。合宿先までは、新幹線で2時間程度という。
「千翔くん、おはよう。大丈夫?」
たるとが近づいていくと、圭貴と梓馬くんも自然とついていく。私も仕方なくついていった。
「ああーもう無理、帰りたい⋯⋯」
「帰りたいって、今来たばっかりでしょ。ほら、せっかく来たんだから楽しまなきゃ」
梓馬くんがバシッと千翔くんの背中を叩く。
「君がたるとの師匠?」
「あ?」
千翔くんはだるそうに顔を上げたが、圭貴の顔を見ると固まってしまった。
「どうしたシュガー、とうとう男になったのか?」
「んなわけないでしょう」
バシリッと梓馬くんより強い力で、たるとが千翔くんの頭を叩く。たるとの方が断然背が低く、背伸びをしていたので、なんだか可愛い光景だった。
「ってー⋯⋯冗談だろ」
「たるとの双子の兄の圭貴です。よろしくね師匠!」
圭貴は相変わらずだ。千翔くんの近寄り難い雰囲気をものともしない。しかも、彼のことを、ラブレターを破る人と覚えていたはず。
「シュガー2号⋯⋯」
「なんだそれ、お前面白いな」
あははと笑って元気よく千翔くんを引っ張って行く。
「確かに、さすが双子って感じだね。すごく似てるから俺もびっくりしたよ」
いつの間にか隣にいた梓馬くんが、楽しそうに笑っていた。
「そうだね、たぶん入れ替わっても気づく人少ないんじゃないかな」
私も笑う。今日は悩みの種も近くにいないし、たるとと圭貴と遊べるし、梓馬くんと一応千翔くんもいるし、楽しい旅行になりそうだった。
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