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13日の夜遅くまで、俺たちはオンライン会議で最後の打合せを行っていた。14日の朝一番には、その検討結果を上司に報告する必要があるのにだ。
オンライン会議を行うために、俺のモニター画面は4つの小さな画面に分かれている。そのうち三つの画面にはオンライン会議に参加してる仲間たち、チヅル、ユキコ、タダシ、の憔悴した顔がそれぞれ表示されていた。
そして最後の1つには俺自身が写っている。なぜ自分の顔が写っているかといえば、オンライン会議に参加している三人に、自分の顔がどう配信されているかを確認する、いわばモニター画面として使用されているわけだ。
「どうする? ススム。このままではらちが明かないぜ、もういっそ多数決で決めてしまうか?」
目の下のクマが凄いタダシが、喋りすぎてしわがれた声で提案してきた。
「そんなの駄目にきまっているでしょう? 全員が納得しない提案は意味がないわよ」
コンタクトを外してホルダーに入れてから、充血してしまった目を守るようにメガネを付けながら、チヅルが少しヒステリー気味に突っ込んで来る。
彼女のアイシャドーはすでに化粧の体をなしていないし、口紅も色がくすんでいた。
「……」
ユキコはさっきからボソボソと小さな声で何かを口走っているのだが、マイクの調子が悪いようで俺には彼女の会話内容が聞こえていなかった。
彼女の長い黒髪はすでに艶を失っていて、髪の毛一本一本から『疲労』がにじみ出ているし、彼女の黒髪の隙間から見える小さな瞳も輝きはとうに失われていた。
――と、俺の部屋の壁に掛けてある古びた振り子時計が12時の時報を告げた。もう日付が変わってしまった。今日の朝にはミーテイング結果を提出する必要があるのに、大丈夫か俺たち……
と……
ザーザーザー、
ヘッドフォンから大きめのノイズが聞こえて来た。
それと同時に、タダシの顔が映っていた画面が砂嵐のようになって、タダシの顔が消えた。
ザーザーザー。
さらにノイズが増えた。
と思ったら、今度はチヅルの顔が映っていた画面も砂嵐のようになった。
なんだ、こんな切羽詰まった状態でネット回線の異常か? 俺は焦って、パソコンの後ろに刺さっているネットワークケーブルを確認する。
「ス、ス、ム、くん……」
あれ? ヘッドフォンからノイズに掻き消されるぐらい小さな声が聞こえる。たしかこの声はユキコか?
俺は、慌ててモニター画面をのぞき込む。モニター上の4つの画面のうち、2つは砂嵐。そして残り2つは、うつむきがちなユキコと、俺自身が映っている画面だった。
「ス、ス、ム、くん……、日付かわっちゃったね……」
ユキコは、既に14日になってしまった事を俺に伝えてくれたようだ。ヤバイよ、時間だけはどんどん過ぎていくんだ。
相変わらず、タダシとチヅルの画面は砂嵐だし、あいつらの声もノイズにまみれて聞こえない。
と、画面の向こうのユキコがくぐもった声で変な事を言いだした。
「ス、ス、ム、くん……、14日になったね。今から行っても良いかな?……」
既に終電も無いし、タダシとチヅルとも連絡が取れない状態で、ユキコだけ俺の部屋に来て、オンライン会議じゃなくてフェース・ツー・フェースの打合せなんか出来ないだろう?
そう考えて、ユキコの提案をやんわりと断ろうと思い、オンラインの画面を見直したら、ユキコの部屋を写しているはずの画面から既にユキコの顔が消えていた。
あれ? どうしたんだ彼女、トイレにでも行ったのか?
おれは、ちょっと不思議な気分になりながら、彼女が画面に戻って来るのをモニター画面を見つめながら待っていた。
――ガチャ――
すると、静まり返った俺の部屋でトビラの開く音が聞こえた、気がした。そして誰かが部屋に入って来る気配を背中に感じたんだ。
俺はゾクっとしながら、慌ててトビラのある方向に振り向いた。しかし、トビラは開いていないし、部屋には俺以外に誰も見当たらなかった。
なんだ、気のせいか。
そう思って、何気なくオンライン会議のモニターを覗いてみた。
するとモニター画面4つのうちの一つに映っている自分の背後に、さっきモニター画面から消えたはずのユキコが、うつむきながら長い髪の毛の隙間から俺をじっと見、何かをこちらに差し出している姿が映りこんでいた。
そしてヘッドフォンからは、地獄の底から聞こえてくるような小さなユキコの声が聞こえて来た。
「ス、ス、ム、くん……、ハッピー・バレンタイン……」
了
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