第1幕 法輪寺~十三参り~

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第1幕 法輪寺~十三参り~

     (1)  彩香は、「立花薫」と本名で、ネクストステージに立っていた。  勤務場所は、「嵐山」  職業は「観光人力車夫」  嵐山は、今や主な観光地で目にする、観光人力車が往来する街。  往来で、観光客に声を掛けて、周囲を巡る。  しかし彩香の人力車は、予約の客専門で、人力車観光だけでなく、付きっ切りでお世話するスタイルだった。  今日は、嵐電「嵐山」駅でお客様を待っていた。  嵐山は、東山と並ぶ観光地で、この二大観光地が人気なのは、共通点がある。 1交通の便が良い。  嵐山はJR、嵐電、阪急電車乗り入れていた。 2観光バス駐車場がある  幾ら風光明媚であってもアクセス悪く、大型バス駐車場がないと団体客が来れない 3有名社寺が集積している  嵐山は世界遺産の天龍寺、祇王寺など沢山の寺社がある 4有名である  テレビ、映画などで何度も映し出される有名処なので、全国区である。つまり「嵐山」その場所自体がブランドなのだ。 5京都都心から近い  これが一番の人気。  京都駅から嵯峨野線で20分あまりである。  薫は、半纏を来て立っていた。  外国人観光客から何度も写真頼まれた。  嵐電「嵐山」駅に改札口はない。  ホームから降りた客は、待ち構えた駅員が切符を回収するか、簡易のIC機械にタッチするのだ。  構内を取り巻くように店舗がある。  中央にはソファがある。  何人かが座って食べていた。  まだ桜の開花まで日にちがあるので、ごった返すほどでもなかった。  観光客は物珍しそうに薫を見ていた。  短髪に機敏な佇まい。  短パンから白い足が伸びていた。  何処から見てもイケメン、男だった。  この人物が女で、京塚歌劇団のトップスターとは誰も気づかない。 「立花さーん」  声を掛けて来たのは、客の方だった。  薫は声の方に視線を走らす。  二人の女性が立っていた。  事前に貰った情報では、双子姉妹である。 「お待たせしました」 「予約してた奥谷です」 「立花薫です。お手洗いは大丈夫ですか?」 「ええ大丈夫です」 「じゃあ行きましょう」  薫は、近くの人力車を置いてある場所に向かう。 「京都は初めてですか」  確か東京住まいだったはずだ。 「いえ、何度も」 「ていうか、私ら元々京都人」 「しかも嵐山、ここ私らの故郷なんです」  二人は同時に人差し指で地面を指した。 「そうでしたか」 「昔はこんな人力車なんてなかったもんねえ」 「久し振りの京都はどうですか」 「東京より寒い」 「春云うてもねえ」  春とはいえ、まだ桜のつぼみは固い。  この冬は、例年の暖冬から一変して、昔の京都の冬、底冷えの京都だった。  しかし頬を通り抜ける風は、冬の突き刺すものから、柔和なものへと変化していた。  季節の顔は着実に冬から春へと交代しようとしていた。 「金閣寺。5回くらい雪景色でしたよ」 「ええ、ネットで見ました」  人力車の前へ来た。 「黒色と違うんやあ」 「特別仕様です」  紺色であった。 「これ漆ちゃうのん」  奥谷姉妹はいつの間にか標準語から京ことばに変わっていた。 「奥谷法子さんは?」 「はい」  と大きな声で返事した。  メガネをかけて、髪の毛を後ろに束ねていた。 「じゃあ輪子さんが、そちらの方ですね」 「法子の私が姉です」 「そうですかあ」 「双子なのに似てないと思ったでしょう」 「はい」 「お兄さん正直でよろしい」 「イケメンでよかったあ」 「そう。しかも女のようにお肌綺麗なんだもん」 (女のように)の言葉に意外と反応する自分を薫は感じていた。 「有難うございます。さあ何処へ行きますか」  今回乗車のお客様は、嵐山地元の方だった。  これは想定外だった。 「私の観光人力車は、往来で見かける定期観光、つまり決められた処を周るものではありません。お客様のリクエストに応えますから」 「そう。じゃあ」  ここまで云って法子は輪子を見た。  輪子もこっくりとうなづいた。 「法輪寺までお願いします」 「わかりました」  程なく、渡月橋に差し掛かる。  阪急「嵐山」からの観光客は渡月橋を渡って嵐電「嵐山」、世界遺産「天龍寺」などを目指す。  それとは反対方向を目指す三人だった。 「釈迦に説法で申し訳ないんですけど」  薫はそう前置きして続きを話した。 「眼下に見える保津川ですけど、名前が変わるんです。渡月橋手前で大堰川。さらに南側は桂川です」 「そうなんよなあ」 「うちらはそんなもんやとずっと思って来たけど」 「北野天満宮近く流れる紙屋川も、そこから天神川になります」 「そうそう」 「よそさんからしたら、けったいな町と思うてるやろな」 「お雛様の位置もよそさんは逆やし」 「東京の人が(京都は逆だね)としたり顔で云うやん」 「あれ、腹立つ」 「うちも(お前んとこが逆なんじゃあ!)」  法子と輪子のお喋りは、漫才聴いているようで、思わず薫の口元も緩んでしまう。  次々と話題を変えて行くのも漫才のようだ。 「昔に比べたら、観光客増えたよねえ」  両側の歩道を行き交う人の数を数える法子だった。 「桜咲く季節になったら、ここの歩道も一方通行になるんです」 「へえ、そうなんや」 「ええ外国人観光客が圧倒的に増えました」 「そもそも、こんな人力車なかったもん」 「あまりにも観光地化されたもんねえ」 「すみません」  思わず薫は謝った。 「あら、そんなつもりじゃなかったんよ」 「そうです」  人力車を止める都合で法輪寺正面で降りた。 「薫さんも来てよ」 「もちろん、同行します」  往来で呼びかける人力車は乗ったまま観光地を巡るだけだが、薫は同行して観光の手助けする。    まず一礼して階段を登る。 「観光の後はご実家に行かれるんですか」 「ううん違う」 「お母さまとかに会われないんですか」 「父も母もとうの昔に亡くなりました」 「そうだったんですか」  レジメには二人の年齢が書かれてなかった。 「薫さん、うちらの年齢考えてたでしょう」 「はい」 「幾つに見えますか」  難しい質問だ。  ずばり当てると面白くない。  かと云って実年齢とかけ離れていたら、若くても年いっていてもこれからの会話が難しくなる。 「さあ幾つでしょうかねえ」  それ以上年齢に関しては互いに詮索しなかった。  本堂でお参りしたあと、右手にあるテラスに向かった。 「こんな一望出来る場所なかったよねえ」 「うんなかった。これ最近出来たんですか」 「そうです」  清水の大舞台とまではいかないが、京都市街を一望出来た。 「大文字の送り火の時はかなり賑わいます」 「そうやろねえ。うちらの小さい時は渡月橋とか、中の島の河原で見てた」 「昔はそんなに今ほど観光客いいひんし」 「もう今は年がら年中いますよ」 「本堂とかあの手前の羊さんとか変わらないものもある」 「法輪寺は、両親が好きやったさかい」 「ああ、それで」  ここで薫は一人納得した。 「何わかったん」 「それでお二人の名前(法子)(輪子)さんですね」 「良く出来ました」 「さらにもう一人娘さんがいてて(寺子)があったら完璧でしたね」  薫の言葉に二人は顔を見合わせた。  妙な間が生まれた。 「ごめんなさい。気にせんといて下さい。今のは冗談です」 「薫さん、実は寺子じゃなくて(寺男)いてました」 「娘さんじゃなくて、弟さん。いてました?お亡くなりになったんですか」 「いえ、実は」  二人は語り出した。  二人には三つ年下の弟、寺男がいた。  しかし、高校卒業後家出をしてしまってそれ以来音信不通。 「家出の原因は何ですか」 「それがようわからんのです」 「消息不明ですか」 「でも一年に一度年賀状が届くんです」 「じゃあ消印から探せますね」 「それが毎年違うんです」 「毎年!」 「ええそうなんです」  二人は一度消印を頼りに探したが無駄だった。 「生きているのは事実なんですね」 「もうそれだけが唯一の支えです」 「寺男は大のレビュー好きです」 「そうそう。京塚、宝塚、OSKとか見てました」  (京塚)の言葉に薫の胸は高まる。 「寺男は、小さい時からタンバリンを持っててレビュー好きで、中学高校は吹奏楽部に入ってタンバリン一筋」 「あれ何でやろねえ」 「父親が誕生日にプレゼントしたからかなあ」 「あと法輪寺で思い出は」 「そらあ十三参りやわあ」  数え年の十三歳になると法輪寺にお参りする。  知恵を授かるわけである。  その帰り、渡月橋を渡るのだが、どんな事があろうとも、云われても振り返ってはいけないルールがあった。 「しやから、振り返らんと渡り切りや」  母親はそう云って、法子、輪子を見送る。 「お姉ちゃんは、無事渡り終えたけど、私はあかんかった」 「輪子さんは駄目だった。何があったんですか」  輪子は最初はどんな事があっても振り返らなかった。 「輪子!こっち向いて!」 「輪子!怖い人、後ろから追いかけて来る」 「輪子!お守り落とした!」  父も母もどうにかして振り向かそうと色々叫ぶ。  途中何度も立ち止まり、振り向きかけたが我慢した。  あと二メートルもなかった。  その時だった。 「助けて輪子!」と母が叫び、 「輪子!お母ちゃんが倒れた!」と父が叫ぶ。  それでついに振り向く。 「あーあ」  その瞬間、父も母も大きな落胆の声を上げた。  帰宅して、勉強していた法子に云うと、 「そんな簡単な事出来ひんて、あかんなあ」  法子は一刀両断した。  法子は振り返らずに知恵を授かったままのせいか、京都大学法学部を現役合格。  一方の輪子は、東京の私立の大学に進んだ。 「京都には沢山の大学があるのに、何で東京だったんですか」 「うちは、もうこれがトラウマになってしもうて。京都人が嫌いになったんです」 「自分も京都人やん」法子は笑いながら云った。  再び正門に戻り人力車に乗る。 「あーあ私も姉さんのような人生歩みたかった」 「それどう云う事?」  声のトーンが明らかに変わる。  薫の背中に二人のとげとげしい声とオーラが突き刺さる気配を察した。  人力車を引く車夫は常にお客様に後ろ姿で接する。  背中で気配を察しないと駄目なのだ。 「京大法学部出て一流商社に勤めて、社内恋愛して、結婚していいじゃない」 「でも離婚したわよ」 「それは別の話」 「あんたの方が、いい人生やわあ」 「どこがよ」 「家出て東京で自由気ままな生活出来たじゃないの」 「でも就職は出来ずに、長期のアルバイト。非正規労働者。おまけにまだ結婚出来ずにいる」 「それは別の話」  法子は、さっき云われたフレーズをすぐさま使い云い返した。  それから二人は相手の人生の方がよかった。  自分はよくなかったと云い合った。 「ねえ、薫さん、どっちがいい人生だと思いますか?」  そうら来たと薫は思った。  人力車の中で喧嘩を始めるケースはよくある。  この場合多くは、こころの中で仲裁を求めていたのだ。 「さあどうでしょう」  薫は振り向かず、前を向いたまま答える。  よそ見は厳禁。  事故の元なのだ。  再び渡月橋を渡り出す。 「あの頃は、平日やったら、渡月橋渡る人も少なかったからなあ」  両側の歩道は、人出に比べて明らかに狭い。  昔はこれでよかったのだ。  今の様に一気に増えるとは予想していなかった。 「今、こんだけ増えて来たら十三参り出来るやろか」 「難しいですねえ」    ( 2 )  法輪寺を出た後、薫は二人を竹林の道を案内した。  嵐山観光する人間なら必ず訪れる場所だった。  道幅5メートルほどの所の両側にぎっしりと竹林が繁っていた。  欧米では見受けられない光景なので、欧米観光客には珍しい、アジアらしいと絶賛されていた。  時折春の風に揺られて竹林がしなる。  竹と竹の間から木漏れ日が降り注ぐ。 「失礼しまーす!」  大きな声を上げて薫は人力車を進ませる。  その人力車も、写真の対象で多くの人が、スマートフォンを向ける。  途中で止まる。 「何?」 「結婚式の写真ですね。ちょっとお待ち下さい」  白の打掛着物姿の花嫁。  竹林の緑と合っていた。  男は定番の羽織袴。  にこやかに笑っていた。  しかし、急に顔が凍り付く。  男の視線の先に輪子がいた。 「佐竹さん・・・」 「輪子!」  瞬間時間が止まった感覚に陥った。 「えっ知ってる人なんですか!」  薫は、すぐに人力車をくるっとUタウンさせて元来た道を走った。  意外な事に男は 「輪子さーん、待ってくれえ!」  と走って追いかけて来た。  それを見て白無垢の花嫁も花婿を追いかける。  その二人を見てカメラマンも走り出す。  幸せなムードから一瞬にして辺りは様相は一変する。  まるで天がそれらの状況を見ていて、さらに盛り上げようとしたのか、突然稲光が轟き、雨が降り出す。 「何これ?」 「撮影?」 「テレビ?映画?」 「ドッキリなの」  周囲の観光客も戸惑いながらあちこちに走り出した。 「薫さん、どこへ」 「任せて下さい!」  とにかく落ち着かせようとするのが一番と、薫は人力車を、鹿王院へ向かわせた。  鹿王院(ろくおういん)  嵐電「嵐山」から二つ目の駅名でもある。  歩いても10分もかからない。  しかし多くの観光客は終点「嵐山」から西、又は北方向を目指していた。  鹿王院は東方向にある。  一つ先の「車折神社」に比べても地味な存在である。  三門の扁額「覚雄山」を見ながら、前へ進む。  真っすぐに伸びた参道の両脇には、楓が植えられている。  ここは嵯峨嵐山でも隠れた紅葉の名所でもある。  世界遺産天龍寺の紅葉は、シーズンともなるとごった返すが、ここは比較的空いている。  さらに参道を進むと右手に竹林が見える。  天龍寺の様な大規模なものではないが、それでも紅葉と竹林が同時に見られる古刹は少ない。  客殿の扁額「鹿王院」は板が朽ちて、文字も所々擦れている。  それもそのはずで、これはこの寺の創建者でもある、室町幕府将軍の足利義満の真筆とされている。  客殿の縁側の前には、手入れされた庭が広がる。  他に客はいなかった。 「ここに座りましょうか」  三人は座った。  春の心地よい風が吹き抜ける。  それは長かった冬を耐え忍んだ京都人に対しての自然のプレゼントのように思えた。 「今の人は」 「元彼です」 「あんたと別れて、すぐ別の女と結婚するのか」  法子は、容赦なく輪子のこころの傷に大量の塩を投下して擦り込む。 「元彼には」 「佐竹さんと云います」  間髪入れず輪子は云った。 「失礼しました。佐竹さんには、嵐山旅行の事云ってたんですか」 「いえ、偶然です」 「偶然!」  姉の法子は大げさに驚いて見せた。 「宝くじに当たる確率ね」  そう言葉を付け加えた。 「花嫁さんは」 「知りません。全然知らない人です」 「誠に申し訳ないですけど、別れるのは佐竹さんからですね」 「いえ、まあ」  口を濁した。 「云いにくかったらいいですよ」 「佐竹さんがはっきりと別れると云ったわけじゃないです」 「えっどう云う事。はっきりもっとわかるように説明してよ」  法子は立ち上がって叫んだ。  それを薫は手で制止した。  ぽつぽつと輪子は話し出した。  今回、輪子は二人だけの旅行を企画した。  もちろん、行き先はまだ決めてなかった。  しかし、佐竹は行くとは云わなかった。  ここで輪子は、強硬策に出た。 (旅行出来ないなら別れましょう)と。  その返事もなかった。  しびれを切らして、輪子は姉を誘った。  そして行き先を京都にした。 「そうだったの。私は代打かあ」 「姉さん、気を悪くしたならごめんなあ」 「ええから」 「そうだったんですか。でもおかしいなあ」  薫はつぶやく。 「何がですのん」 「あの時、何で佐竹さんは輪子さんを追いかけて来たんでしょうか」 「さあ、解りません」  その時、輪子のスマホが鳴る。  すぐに取り出して見た。 「佐竹さんからのLINEです」 「何と」  薫と法子はスマホの画面を見た。 「誤解しないでくれ。これは」 急いで打ったのだろうか。 文面はそれだけだった。 「肝心な事、書いてないやん!」  法子がまず叫んだ。 「きっと続きを打とうとしたら邪魔が入ったんでしょう」 「あの白無垢の女や」 「せっかくの京都旅行が台無しや」 「ほんまに。忘れようと決めてたのに」 「あと引く」 「ところで法子さんの旦那さんですけど」 「ああ、もうやめてその話。私までうつになる」 「離婚の原因は」 「浮気。あいつ浮気しやがって」 「相手は」 「女や」 「どんな女なんですか」 「こいつや」  法子はスマホを突き出した。  スマホで撮った写真だった。 「今はその方と」 「ところがどっこい。その女。うちらが別れた途端、トンズラこきよった」 「わかりました」 「ねえ薫さん、確か最後に華麗なるプレゼントついてるとお聞きしましたけど」 「そうそう。それ何ですか」 「それは明日のお楽しみです」  薫はさらにこう言葉を続けた。 「お二人の事件をレビュー上演致します」  その言葉に法子と輪子は互いに顔を見合わせた。 「だからお願いがあります」  そう云って薫は、寺男、法子の元夫、輪子の元カレの佐竹の写真をスマホに転送して貰った。  嵐山の宿へ送り届けた薫は、数か所に連絡した。 「ごめんね。急で」 「いつもの事ですがな。そしたら仕込みに取り掛かりましょか」  さらにもう一軒。 「わかりました準備させてもらいます」 「有難う」  改めて、薫は思った。  これらの人々のお陰で、ネクストステージも成り立つんだと      ( 3 )  翌日。  薫は人力車で法子と輪子を再び竹林の道を走っていた。 「また同じとこなの」  明らかに不服顔の二人だった。  背中に突き刺さる言葉の棘が痛い。  この仕事をやり出してから、背中越しに聞こえる客の言葉、ため息、やるせなさ、元気など全ての感情が解るようになった。  特にさっきの様な不満は棘となって容赦なく突き刺さる。 「ええここまで同じです。ここから違います」  梶棒を右にぐいんと曲げて竹林のわき道へ突き進む。 「ここも観光客用なの」 「いえ、どんなガイドブック、ブログ、ツイッターなどのSNSにも載ってません」 「つまり人力車専用なん」 「私専用です」 「そうなんや。で、この先に何があるのん」 「まあ見てて下さい」  どんどん走らす。  道はコンクリートではなくて、枕木がぎっしり敷かれていた。  人力車が交互に行き交う幅だった。  竹林の背の高さが徐々に低くなる。  そして眼前に突然野外舞台が現れた。  横開きの定式幕の図柄は、嵐山の名所を描いたものだった。  世界遺産の天龍寺、渡月橋、竹林の道、保津川下り。  それらは今の春の季節に合わせて桜と花びらが満開であった。 「こんな所に舞台が」 「さあ着きました」  お茶子が熱い抹茶と菓子を持って案内してくれた。 法子と輪子は最前列の席に座る。 菓子は桜餅だった。  二人が食べ終わるのを待ち構えたようにアナウンスが流れた。 「本日はようこそ(嵐山座)にお越しくださいました。これから上演されますのは(ネクストステージ・法子輪子篇です。どうか最後までごゆっくりとご堪能下さい。なお法子輪子役は、私、立花薫が務めてさせてもらいます) 「えっ一人でうちら二人の役?」 「そんなん無理やんなあ」  法子と輪子は口を揃えて云った。  定式幕が開く。  法子役の薫と夫役の役者がいる。 「法子、実はもう別れて欲しいんだ」 「何よ急に!理由話してよ!」 「何や、夫役の人の顔、よう似てる」  法子がつぶやく。 「ほんま。真治さんそっくり」  真治とは法子の夫の名前である。  法子は別れてから「真治」の名前を一言も発していない。  口にするのも汚らわしいのか 「あの人」とか「あいつ」と呼んでいた。  だから隣りで輪子が名前を呼んだだけで一気に寒気がした。 「どこで見つけて来たんやろか」 「そう。昨日話したばかり」  準備に一日もなかった。  しかし舞台にいるのは本物そっくりだった。 「このために薫さんは写真を欲しがったんやあ」  突如、夫からの離婚を迫られて法子役の薫は立ち上がり歌い出した。  洋風でなくて義太夫三味線が鳴り響く創作浄瑠璃だった。  創作浄瑠璃「突然乃離婚 」 ♬  幸せの日々 裏に潜む影  影は突然に やって来た  夫からの  離縁の言葉  法子は探る 夫の陰の正体  それを見て 凍り付く  あの女は誰 誰?誰?誰なのだ  義太夫三味線はテープではなくて実際に上手端で弾いていた。  場面は変わる  上手から夫と女が踊りながら出て来る 「あの女の人、確か」  法子が云いかける。 「お姉さん、あの女昨日、竹林の道で見かけた白無垢の花嫁」 「ナニコレ!どうなってるの」 「どこまでがお芝居?」  二人の戸惑いをよそにどんどん話が進む。  また場面が変わる。  今度は輪子を振った佐竹が出て来る。    テーブルに座る佐竹。  レストランの設定。  舞台奥の柱の陰から輪子が出て来る。 輪子役も薫が演じる。 「えっいつのまに着替えたん?」 「お姉さん、あれ早変わりと云うの」 「へええ」 「薫さんって何者? 「素人ではなさそう」 「舞台での立ち振る舞いも素敵」 「藤森あやさん、僕とつきあって下さい」 「ええけど、佐竹さん確か彼女いてたでしょう。輪子さんと云って」  舞台からいきなり自分の名前を呼ばれて輪子はドギマギした。 「あんな奴とは別れた」 「あんな奴とは何よ!」  思わず輪子は立ち上がった。 「輪子、落ち着いて!」  法子はなだめすかして座らせた。  淡々と芝居は進む。  ここで薫が薫自身の役で舞台中央に進み出る。  そして法子と輪子に語り出した。 「もうおわかりだと思いますが、改めて説明したと思います。  法子の旦那さん真治さんに出来た女。名前を藤森あやと云います。  そして輪子さん!あなたを振った佐竹さんは、結婚詐欺師でした」 「そんなあ」  輪子は半泣きになる。 「これが私達に見せたいレビューだったの!」 「こんなの最低!気分悪い!」 「お二人とも落ち着いて!芝居はまだ続きます」 「えっまだ続きがあるの!」 「はい。藤森あやは、真治さんとつきあいつつ、佐竹さんともつきあってました!」  法子の元旦那、輪子の元彼の二人を手玉に取る女。 「藤森あやって何者なん!」 「それは続きをご覧下さい」  再び舞台が始まる。 「お姉さん」 「何?」 「薫さんは私とお姉さんの二役やってるのよね」 「そうよ」 「最初に云ってたと思うけど同時に二人が出るのは無理なのよね」 「無理に決まってるじゃないの。分身の術でもあればね」  そこで二人は笑った。  あんな悲劇に見えた二人にとって大事件でもこうして客席で見ていると一編の喜劇のように見えた。  悲劇と喜劇も表裏一体なのだ。  舞台中央に藤森あや。  その両側に真治と佐竹 「あや!こいつは誰だ!」佐竹がまず吠える。 「それは俺の台詞だ!お前こそ誰なんだ!」  すぐに真治も反応した。 「まあまあ落ち着いて」 「これが落ち着ていられるか!」  真治と佐竹が同時に同じセリフを吐く。 「あらっお二人さん、息がぴったりね。どこかで縁がおありなのね」 「冗談はよせ」 「ふん!あや。説明して貰おうか」 「そうねえ。まずはお二人にとって縁がある人の登場!」  突然暗転。  義太夫三味線のけたたましい響き  中央にいる薫にピンスポットが当たる。 「えっ二人いる!」 「薫さん、じゃなかった私達姉妹の役二人とも出てる」 「えっ映像?トリック?」 「いや本物よ」 「どうなってるの!」  薫は同時に二人を演じて、出ていた。  仕掛けは簡単だった。  大きな移動鏡を使っていたのだ。  さらに薫は、右半身左半身半分ずつの違う衣装を着ていた。  だから鏡に映る衣装は違って見えた。  徐々にからくりが見えて来た。  しかし当事者法子、輪子は自分らが舞台にいる錯覚に陥っていた。 「法子!」 「輪子!」  真治は元妻の名前を、佐竹は元彼女の名前を叫んだ。 「あなた達、目を覚ましなさい!」 「どう云う事だ」 「藤森あやは、あんた達二人を手玉に取る女。つまり結婚詐欺師なのよ!」 「何だって!俺とした事が!結婚詐欺師が結婚詐欺師の罠に引っ掛かるとは」 「ついに自ら白状したな佐竹!」  佐竹はあっと口をつぐむ。 「嘘!嘘!嘘!」  客席の輪子は叫んで舞台にやって来た。  それを止めようと法子も追いかけて来た。 「薫さん!これ、どこまでがお芝居なんですか」 「芝居の中に真実があるのです」 「でも役者さんでしょう」 「よーく御覧なさい」  法子はじっくりと真治を見つめる。 「嘘!本物なの?」 「ああ、本物だとも」  法子は、真治の前髪を掴んでかきあげておでこを見た。  中央にうっすら傷がある。 「傷がある。本物?」 「ああ本物だとも」 「この傷のわけは」 「白浜で君を助けようとして岩に打ち付けたんだ」 「真治さん!」  法子の口から夫の名前が出た。  一方輪子は佐竹に詰め寄る。 「あんた!結婚詐欺師ってどうなん」 「む、昔はそうだったけど今は違う」 「本当?なの」 「輪子さん、騙されたら駄目。調子いい事云うのが詐欺師の常套手段だから」 「輪子さん落ち着きましょう」  薫はにっこりと笑った。 「はい。昨日のメール、あの続き教えてよ」 「あれは、僕たち結婚式の前撮りではなくて、あれはブライダル会社の宣伝用の写真撮ってたんです」 「それも嘘でしょう」 「あっそれは本当です」  あやが云った。 「二人の詐欺師が寄ってたかって云っても駄目!」 「それは本当です」 「薫さんまで!」 「薫さん、どうして一日だけでこれだけの準備出来たんですか」 「そもそも、私達こんな個人情報云ってないし」 「もちろん私一人だけの力じゃないです。プロデューサーがいます」 「誰?」 「あなた達がよくご存じの人よ」  ここで薫は大きくウインクした。  パチンと指を鳴らす。  再び舞台は暗転となる。  ひと際高い処に一条のサス明かりが上から注がれる。  上手下手からスモークマシンがたかれる。  その煙で、光のタッチが出来た。  煙が漂う。  さらにドライアイスがたかれて、足元に煙が漂う。  一人の人物が浮かぶ。  センタースポットがカットインで光が飛び込む。  一人の男の全身が、浮かんだ。 「京塚歌劇ファン。必ずタンバリン持参の男。通称タンバ!」  声高らかに薫は叫んだ。 「寺男!」  法子輪子は同時に叫んだ。 「弟の寺男?何でここにいるのよ!」  寺男は両手でピースサインしながらゆっくりと降りて来た。 「本物よね」 「そっくりさんじゃないよね」  法子輪子は、寺男の周りをぐるりと一回りして頭の先から足元まで注意深く見て回った。 「実家で飼ってた猫の名前は?」 「マツコ」 「庭に植えてた大木の名前は」 「ポプラ」 「母さんが好きだった花の名前は」 「ダリア」  二人は家族だけしか知らない質問を継ぎか次へと繰り出した。  寺男は、顔色一つ変えずに答えた。 「やはり寺男や」 「寺男」  二人は再び抱きついた。 「これでなりすましの罪は消えたかな」 「寺男、どうしてここにいるの」 「さあ説明して頂戴」 「どこから話そうか」  寺男は、薫を見た。 「寺男さん、京塚歌劇団のファンだったの」 「京塚!」 「じゃあ薫さんは」 「姉さん、この人知らないの」 「有名人なの」 「テレビとかは出ないけどレビュー界では有名人なんだ」 「寺男さん、いつも客席でタンバリンを持ってたでしょう。それでピンと来たの。ひょっとして法子さん輪子さんの弟さんじゃないかと」 「だからあんな詳しい事・・ちょっと待ってよ。あんた全然実家に戻ってないのにどうしてわかるのよ」 「実は・・・」  竹林の道で撮影してたのが寺男だった。  佐竹の「輪子さん」の叫び声でピンと来た。  さらに法子の旦那にも連絡を取り駈け付けて貰った寸法だった。 「それで、一連の佐竹、うちの旦那真治を手玉に取ったあなたは」 「本物です。藤森あやです」 「なんやてえ」  法子は突然あやに掴みかかった。 「やめなさい!」 「法子さん、輪子さん。よく聞いて下さい。真治さんも佐竹さんも気づかずにいたんです」 「あなた、どうするの!」 「許してくれい」  真治は膝から崩れた。 「いいえ許しません!」 「輪子さんは」 「佐竹さんが結婚詐欺師やったやなんて!私も許しません」 「でしょうねえ。ではお聞き下さい」  いきなり薫は、後方にいる義太夫三味線弾きの人に合図を送る。  再び義太夫三味線のこころの奥底に響く音色が嵐山の竹林にこだました。  そして薫の美声が重なる。  さらに自然の小鳥のさえずり、竹林を揺らす春の風、太陽の輝きが重なる。  いつしか一般観光客がそれらの音に誘われて、四方八方から押し寄せた。  瞬く間に客席が埋まって行く。  創作浄瑠璃「人生悲喜劇 」 ♬  己の人生   客席で見る  あれもこれも 全て過ぎた話  その時は興奮 時間が経つと色あせる  人は老いる  時間は進む  若い時間   老いた時間  悲劇の裏に  喜劇あり  幸せの裏に  不幸あり  表裏一つで  人生なのさ  悲劇の涙は  染みて裏に行く  悲劇喜劇は  涙で一つ  結ばれて   いるんだよ  再び舞台にスモークマシン、ドライアイスの煙がステージを這う。  舞台奥に大きな虹がかかる。  薫は、謡いながらその虹を渡り始めた。  客席から大きなどよめき、歓声が起きた。 「えっ!渡ってるよね」  自分が今見ているのは幻じゃなくて事実だと確認するために、法子は輪子に同意を求めた。 「ええ確かに渡ってる」 「どうやって?」  その時だった。  いきなり薫は正面を向いて客席にふわっと浮いた状態で漂う。 「宙乗り!」  今までの宙乗りと大きく違うのは一方向でなかった事だ。  それにワイヤー、ピアノ線の類は見えなかった。 「どうなってるの!」 「ブラボー!」  外国人観光客は何度も叫び、総立ちとなった。  薫の身体が客席中央まで来ると、背中に隠し持っていた義太夫三味線をくるっと表に回すと弾き出した。  するとどうだろうか。  今まで舞台の上手端で義太夫三味線を弾いていた男もふっと身体が浮いた。  と思ったら急上昇して、薫の傍まで来た。 「えっ何?」 「イリュージョンなの?」 「凄い!宝塚でもやってない」 「何者なの?」  観客はしばし、首が痛くなるのを忘れて見上げていた。  やがて、演奏が終わり二人は再び舞台に舞い降りた。  薫は法子と輪子に近づいた。 「どう?まだ許しませんか」  薫の言葉ではっとして現実に戻された。 「許す?許さない?ああそうだった」  法子は初めてそこで現実と向き合う。  元旦那、真治と向き合う事だ。 「もう薫さんのレビュー見てたら、あんたの浮気なんかどうでもよくなった。許します」 「有難う!法子!」  真治は手を取って再び泣き始めた。 「但し、二回目はないですから」 「輪子さんは」 「佐竹さんは結婚詐欺師だから、私が許しても過去の女性は許さないと思うの」 「そうですね。まずそれらの人と向き合って、金銭の返還をも含めて謝罪ですね」 「はい。薫さんの云う通りです」 「あのう、私は今日から薫さんの弟子入りします」  あやが手を挙げた。  客席から大きな拍手が鳴り響いた。 「あんたなら、男を簡単に騙す事が出来るから大丈夫ね」 「あのう」  今度は奥で立っていた義太夫三味線を弾いていた男が出て来た。 「ああ、そうだった。皆さん、観客の皆さんにも紹介します。義太夫三味線奏者の矢澤竹也さんです」 「矢沢竹也です」 「京町家、この嵐山でも創作浄瑠璃町家ライブを行っています」  再び拍手が鳴り響く。 「それにしても私達の人生レビューが上演されるなんて」 「こんなレビューでも価値があるんですか」 「もちろん」  とここで言葉を区切る。そして、 「あなたの事件レビュー、お役に立ってます!」  きっぱりと云い切る。 「本当ですか」 「ええ。皆さん、事件とレビューは似ているんです」 「どこがですか」 「事件もレビューも主役が自分。でもそれをやり遂げるためには多くの人の手助けがいるの。 レビューなら大道具、小道具、照明、衣装、音楽。今回のスモークマシン、ドライアイスマシン操作の特殊効果。宙乗りのワイヤー操作などね」 「じゃあさっきの宙乗り、ワイヤー操作と云う事は、やはりそうか。でもワイヤー見えなかったなあ」輪子がつぶやく。  客席から数人がうんうんと大きくうなづく。 「種明かしすると幻滅です。じゃあまたのご来場していただき、それぞれの目で確認されて下さい」  どっと客席が沸いた。 「じゃあ最後に皆さんで歌いましょう」 「何の歌ですか」 「もちろん、(嵐山座の歌です)」  イントロが流れる。  舞台三方にLEDスクリーン降りて来た。  そこに歌詞が映し出された。  「嵐山座」の歌 ♬ 渡月橋の    明かりが届く頃   あなたはどこに いますか   立ち止まる欄干 寄り添う風   竹林の木立   風と共演する  天龍寺の庭にも 一陣の風吹き込む  そんな環境で  生まれた  芝居小屋    劇場なんだ  人々の笑い   涙怒りが  小屋を埋め尽くす  小屋を生き返らす  さあさあさあ  これから始まる 出し物は  人の生き様   己の人生  客席から見える 人生模様  客席から感じる 人の暮らし  客席から育つ  子孫たちよ  ああ嵐山座   ああ嵐山座  いついつまでも そこに建っててくれよ  子供孫末の代まで 永遠に 永遠に  ああ嵐山座    ああ嵐山座  歌の途中からドロンが旋回し始めた。  色とりどりの紙吹雪を舞台、客席に投下し始めた。  薫はバッジを取り出して、法子、輪子に渡した。 「記念にどうぞ」  円形のバッジのデザインは渡月橋をあしらっていた。  背後の山は桜、深緑、紅葉、雪と四季を形どるグラデーションだった。 「もう一つ上げます」 「これは」 「誰かに上げて下さい。これをつけてると大幅に値下げします」 「お幾らですか」 「3000円値引き」 「凄い!上げる!」 「姉さん誰に?」 「まだわかんない」  歌声は続く。  その歌声に寄り添って竹林も左右にゆっくりと揺れていた。  まるで参加するようだった。  レビュー上演が終わると法子、輪子、寺男、薫の4人は法輪寺にいた。  ここを指定したのは寺男だった。  お参りを済ませると、 「寺男、何でここ指定したん」 「姉さん、二人に聞いて貰いたい事あるんや」 「何よ」 「実は、母さんとはずっと連絡取り合ってたんや」 「何やてえ」  法子が詰め寄る。 「法子さん」  薫は背後からそっと肩に手をやる。 「それで」  ここで寺男はポケットから手紙を取り出した。 「もしこれから先、私が死んだらこの手紙を法子、輪子に読ませて欲しいと頼まれてたんや」 「遺言状?財産分け?」 「いや違う。もっと大事な事や」 「もっと大事な事?何や」 「黙って聴いて」  寺男が読み出す。 (法子、輪子仲良くやってますか。  この手紙を読む時、お母ちゃんはもうこの世にいません。  本来ならそれぞれに書くべきでしたが、寺男に預かって貰います。  その方が、一回で済むし、何よりそれぞれに書いても互いに見せない気がしたからなんや。  では本文です。  法子、輪子。実は弟の寺男とは10年前から連絡を密かにとっていました) 「そんな前から」  法子輪子が同時につぶやき、寺男を見た。  読みながら寺男は頭を下げた。 (法子、輪子、二人で仲良く暮らしなさい。  何でも独占はあかんでえ。  何でも半分こしてや。  小さい時、家が貧乏の時、一個のお饅頭を分けて食べたやろ。その心遣いを忘れたらあかんでえ) 「ああそうやったなあ」  懐かしく遠くを見つめて話す法子。  それにうなづく輪子だった。 (法子は、頭がええけどそれを自慢してたらあかんよ。  輪子は、頭の出来がよくないけど、そんなもん社会に出たら何でもないよ。劣等感持つのはやめなさい。  何でも半分この精神で生きて行って下さい。  寺男は、自由人やで。  好きにさせてやってね。  どうしようもない時は助けてやって下さい)   「法子、輪子お姉ちゃん二人とも忘れてる事あるで」 「何よ。何忘れてるの」 「法輪寺さんの十三参りの後、お母ちゃんに手紙書いて渡してた事や」 「ああ、そんな事したかなあ」 「うっすらと覚えてる」 「二人ともお母ちゃんに何書いたか忘れてるなあ」 「もう全然覚えてへん」 「実は、お二人が書かれた手紙、それぞれ持って来たんや」 「そんなもん、どこで」 「もちろん母親から受け取ったんや。まず姉の法子さんから」 「キャー恥ずかしい。何書いたん」 (お母ちゃんへ。  法輪寺さんお参りついて来てくれて有難う。  私は、法輪寺さんにお参りした時、神さんにお願いしました。  それは 「私の頭の良いのを半分、妹の輪子に上げて下さい」と願いました。  何でも半分こしなさいとお母ちゃんが云うてるからです。  よろしくお願いします」) 「これが法子さんが書いた手紙です」 「もう恥ずかしい。もうやめて」  法子の顔が火照っていた。 「では次は、輪子さんが書いた手紙です」 「ああ、緊張する」 (お母ちゃんへ。  うちは、法輪寺さんに今日、お願いしました。  それは、姉の法子の勉強が出来るのを半分下さいと云いました。  日頃からお母ちゃんは、寺男には一つくれるのに、うちら姉妹には何でも半分こしなさいと云うからです。  法輪寺の神さんもお母さんの云う事なら聴いてきくれると思います。お願いします)  輪子は寺男が読み上げる自分が昔書いた手紙を懐かしく聞きながら最初は笑っていた。  次第に笑顔が消えて泣き出した。 「お二人とも、智慧の半分こを書いていたんですね」  薫は、二人の顔を見比べながらつぶやく。 「やっぱりお姉ちゃん二人は以心伝心あったんや」  寺男も驚いていた。 「けど、智慧の半分下さいて、虫が良すぎる」  輪子は笑った。 「妹思いやったんや。私って」 「自分で云うか!」 「誰も云うてくれへんからな」  法子と輪子はそう云って笑い出した。  それを見て寺男も笑い出した。 「ところで、あんたこれからどうするん」 「暫く、京都にいる」 「何するん」 「薫さんの手伝いする」 「人力車引くのか」 「あんた体力ないからあかんて」 「違う。サポートするんや」 「出来るんか」 「やるて」 「薫さん、弟よろしくお願いします」 「わかりました」  四人は、新しく出来た張り出しの展望台に出た。  京都市街が見渡せる。 「自分の未来もこんなやったらええのになあ」  寺男がつぶやく。 「どう云う事」 「未来が見渡せるって事でしょう」 「薫さん、さすがあ」 「でも私は未来は見えない方がいいなあ」 「どうしてですか」 「見えたら面白くないもん。見えないから色々悩んだり苦しんだり出来るでしょう」 「それがいいんですか」 「それが人生ってもんでしょう」 「私も薫さんに一票」 「私も」  法子と輪子は薫の味方についた。 「そうかなあ」  疑問を呈する寺男に三人は笑いながら突っ込んでいた。 「だからあんたはすぐに楽しようとする」 「もう駄目。弟くれぐれもお願いします」  眼下に広がる京都市街に陽の光りが優しく包み込んでいた。
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