決戦前

1/2
前へ
/29ページ
次へ

決戦前

   「おーい、吉野! こっちこっち」  西城高校校舎前のグラウンドで聞き慣れた声に呼ばれ、その声の主を確認した俺は頼れるクラス委員長に手を上げ、急ぎ足で駆け寄った。  メイングラウンドにはすでに多くの学生が集まっていた。  ブラスバンドや吹奏楽の部員は一足先に試合会場に向かったらしいけど、それでもまだ全校の半数以上、四百人近い学生がいる。  中に、見慣れない制服が見えてあれっと首を傾げた。 「おはよ、藤木。メールありがと」  今朝早くに、今日の持ち物ー水分補給に最低500mlのペットボトルがいるだとか、ハンドタオルじゃなくフェイスタオルにした方がいいとか、細かくメールを寄越してくれた藤木に、ザックを見せて礼を言った。 「どういたしまして。それよりベスト8、おめでとう」  眩しそうに俺を見て、祝福の言葉と共に差し出された手を、強く握り返し、久しぶりに会った友人に笑いかけた。 「ありがとう。福岡の会場で応援メッセージも読んだよ」 「見てくれたの?」 「うん。他にも丸山先生や、小野寺会長からも来てた」 「よかった、気付いてくれたんだ」  ほっとして息を吐く藤木は、先生や会長の名前が出ても驚かない。  どうやら学校のOAルームから、みんなで一緒に送ったらしい。 「本城達が第六試合前に見付けたんだ」 「そう、少しは励みになったかな?」  首を傾げる藤木に、大きく頷いた。 『少し』なんてもんじゃない。  だって福岡の県大会優勝校に勝ったんだ、自分達の力だけじゃ絶対ありえない。 「よかった」と笑う嬉しそうな藤木に、俺も尋ねたい事があった。  二十七日の準々決勝で、関がホームに突っ込んだ時、怪我をしたらしく、『診断の結果、全治3週間』と今朝の新聞に載っていたんだ。  スポーツ紙のメインとなった、昨日の準決勝二試合の内容は、まるで対照的だった。  第一試合の西城対桜華(おうか)は、激しい打撃戦だった。  中でも七回表満塁の場面で、ずっと打率五割以上をキープし続けてきた北斗に今大会三本目のホームランが出て、初めて大きく紙面を飾った。  コンスタントにムラのない成績を残してきた北斗の打撃力が一気に取り沙汰され、今までの試合も振り返って、その実力を高く評価する記事が書かれていた。  その活躍を嬉しく思う反面、『全試合、五割以上打つ』という約束がこういう形で現れた事に、多少の後悔もあった。  対する第二試合、和泉高校は、破壊力に定評のある前橋(まえばし)工業高校相手に、二対0と好調さを証明するような完封勝利で堅実さを印象付けていた。  今日の試合を盛り上げる為か、決勝戦を予想する記事の見出しには、 『 注目の二年生対決!!    投の加納と打の成瀬、代表権はどちらの手に!? 』  などという(あお)り文句が紙面を賑わせていた。  その片隅に関の事が小さく載っていて、俺の目はそのままそこに釘付けになってしまった。 「関の怪我?」  バスに乗る人数の点呼の為、一旦途切れた会話。  数時間前に降り立ったばかりの駐車場へ歩きながら、確認するように聞き返した藤木に、心配顔で頷いた。 「そう、今朝の新聞に載ってただろ」 「ああ、全治3週間とか書いてあったっけ」 「うん。ホームベース上で接触って、酷かったのか?」 「さあ…。あの後、みんな関の所に駆け寄ってもみくちゃになってたからね」  一昨日の試合直後の様子を思い出し、考え込んだ。 「わからないなあ。けど昨日、途中まで投げてたし……無理してたのかな」 「三回で田島に代わってただろ? 今まで五、六回で交代してたのに」 「さすが、切り抜きしてるだけあるよ、吉野。よく把握してる」  剣道以外で藤木に褒められる事があるなんて意外だけど、面と向かって言われると照れ臭くて、敢えて話を野球内容に限定し、訊いてみた。 「昨日の試合、正直どうだった?」  勝った事は知っている。  途中の経過というか、もっと細かな事、特に今日の試合に与える影響が知りたい。  いい状態で持ち越せたならいい。けど、不安材料を抱えての決勝進出だと、厳しくなるのは明らかだ。  その想いを察した藤木が、自分の目で見たチームの状態を簡単に、かつ明瞭に教えてくれた。  それは今までのどの試合よりも壮絶だったと、容易に想像できるものだった。 「――結論、昨日は正直やばかった。あそこで北斗が打たなかったら、完璧負けてた」 「今日、田島しか投げれない? 三年のエースってどうなってるんだ?」  尋ねていいか迷ったけど、藤木なら大丈夫だろうと声を落として訊いてみた。  西城の1番は今大会、関が付けている。  でも、誰も口にはしないけど他にエースナンバーを背負える人は、確かに存在してるんだ。 「吉野が西城に来てすぐ、去年の春季大会で肘を痛めたんだ」  何の迷いもなく、藤木がその人の事情をあっさりと話した。「当分負担を掛けないように診断されたのを、いい機会だからって母親が野球にストップをかけたらしい」 「あ、もしかして受験に専念するように?」 「そういう事」 「そっか」  それ以上、何も言えなくなってしまった。 「そういえば吉野、優秀選手に選ばれてたね、それもおめでとう」  沈みかけた俺を浮上させる為か、掛けられた祝福の言葉に、俺の方は驚いて目を瞬いた。 「もう知ってるのか!?」 「『もう』って、その新聞の次のページに写真入りで載ってたよ」 「ウソ! ほんとに?」 「あれ、見てないの?」 「うん。関の記事読んでそのまま閉じた」 「なんだ、もったいない。じゃあ帰ってからゆっくり見るといいよ、すごくいいスナップだった」 「………」  目を逸らし、意味深に笑う。  そんな笑い方されたら、すごく気になるんだけど。 「ま、北斗ほどのインパクトはないだろうからいいや」 「北斗ね、また一躍有名人だよね。二年前を思い出した人も多いんじゃないかな」 「やっぱり?」 「うん。今日の観客、多いと思うよ」 「そっか。でもあいつ、そんなの気にする奴じゃないから。…ところで見慣れない制服が多いんだけど、あれ何?」  グラウンドに来て最初に目を惹いた、西城の女子の制服よりも数倍派手な…失言、可愛らしい制服姿の集団を思い出し、藤木に聞いたら、黎明(れいめい)女子高の有志だと教えてくれた。  初めの頃、応援が少なくて、お隣の女子高にも参加者を募る内、どんどん人数が増えたらしい。  こんな所にも西城の生徒会の行動力が色濃く出ている。  オープンで合理的な方法だ。  バスの空きを少なくする為には、高校の垣根も飛び越えてしまう。 「――俺、藤木と一緒に試合見たいんだけど、席とか決まってるのか?」  人文字なんかを用意してたら、一人一人に役割ができる。初めて試合を観戦する俺は、その中には入れない。 「うーん、どうだろ? 行ってみないとわからないな。三年が指示出すから」  曖昧な返事をされ、あからさまにがっかりした。  残念だけど諦めた方が良さそうだ。  こんな時、もし自由に見れるなら藤木はすぐにはっきりと答えてくれる。 「そう、なら球場までは同じバスで行ける?」  三年から乗り込んでいくのを見遣り、もう一度尋ねてみると、案の定藤木が即答した。 「それは大丈夫。僕ももっと福岡での話、聞きたい」  ニコッと笑う藤木に俺も笑顔を返す。  藤木には話したい事が山ほどあった。  もちろん、偶然にも彼の従兄、藤木さんと出会い、話した事も。  試合会場になる県立中央公園の球場まで、約一時間。  バスへの乗車を待ちながら心は半分福岡に戻り、残りの半分はこれから行くスタジアムへと飛んでいた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加