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好きだ、と言ったのは私の方からだった。
自分から言いたかったのに、と口をとがらせた彼がなんだか可愛くて、思わず人目を気にせず抱きついてしまった。会社近くの橋の上というのがまたロマンチックだった気がする。お互いオタクなショップに一緒に行った帰りだったので、じゃらじゃらとピンバッチとキーホルダーまみれのバッグを提げていたのがなんともシュールであったけれど。
――また、あの時みたいに話がしたい。だって、月哉といる時間が私は一番好きなんだもん……。
「砧さん、彼氏とうまくいってないって本当?」
すぐ後ろから、やたらと粘っこい女の声がした。ああ、こんな時だけ、普段は気に入っているはずの自分の珍しい苗字を恨みたくなる。きぬた、なんて女は私以外にないからだ。砧沙世。下の名前は比較的平凡なのだけど。ちなみに彼の名前は園崎月哉。惚れてるせいかもしれないが、彼は苗字も名前も何もかもかっこいいと感じる。
「せっかく誘ったのに、園崎君に断られちゃって、可哀相にね」
「…………」
「何よ、無視なの?」
そして、声をかけてきた太った中年女は――自分と同じ事務課の先輩である長嶋彩子。同じ平社員のくせに、やたらと先輩風を吹かす嫌なお局様だ。やってる仕事は同じだというのに、ことあるごとに上司のような顔をして自分達の仕事に口を出してくる。そのくせ、自分達が遠慮して取らないような連休前後の日に当たり前のように休みを取ったり、人が少ない日に有給を取るために他の人に休みの日を変えるようにと命令してきたりという嫌がらせじみた行為もしてくる。
まあ要するに。私にとって、天敵のような存在なわけだ。向こうも向こうで、二十代の若い女はそれだけでムカつく対象なのかもしれないが。
「困るのよ。プライベートを仕事に持ち込まれちゃ」
女は眉を跳ね上げて言う。
「彼氏に捨てられようが自然消滅しようが、頼むから仕事はちゃんとやってね?ただでさえ、砧さん処理のスピード遅いんだから」
「捨てられてませんし、そんな予定もありませんので」
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