なぜ、なぜ、なぜ。

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「あら、そうなの?そうは見えなかったけど。まあ、仕事をちゃんとしてくれれば、あたしとしてはどうでもいいのよ。彼氏にフラレでも、鬱になって勝手に休んだり仕事がこなせなくなったりしないでくれればね」 「だから、そんなことにはならないので」  ああ、イライラする。私は吐き捨てるようにそう言うと、彼女を振り切るようにオフィスを出た。同性だろうと、あんなのは立派なセクハラではないかと思う。背後から“最近の若い子は目上の人間に対するマナーがなってないわね”なんて声も聞こえたが無視だ。そもそも、年が上だというだけで目上扱いしなくちゃいけないのも意味がわからない。彼女より年下の課長やチーフの方がよっぽどまともな仕事をしてるだろというのが本心だったし、多分そう思っているのは私だけではないだろう。  何より、私は知っているのだ。一見、後輩を心配する仕事熱心な先輩のフリをしておきながら――彼女が私と彼がうまくいっていないことを喜んでいるということが。何度もにやけそうになっていた口元、言葉に反して弾んでいた声に気づかないとでも思っていたのか。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。自分が結婚もしていない、彼氏もいないからといってくだらない嫉妬を向けないで欲しいと思う。 ――ああ、腹が立つ。  かしゃり、と頭の中であの気持ち悪いにやにや笑いを捕まえる。そして包丁を振り上げ、その顔面に向けて振り下ろすのを妄想した。目玉を抉られた長嶋が痛い痛いと泣きわめき、自分に向かって土下座をしながら許しを請うのを。 ――死ね、死ね、死んでしまえ。お前みたいな奴、さっさと死んじまえばいいんだ。  ああ、この世界には、クソな人間が多すぎる。  そういう人間こそ、通り魔だとか事故だとか、そういうランダム要素に巻き込まれて死ねばいいのだ。そうやって善良な人間が背負う不幸を引き受けるというのなら、彼ら彼女らにだって僅かばかり存在価値が生まれるというのに。
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