14人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
***
といっても、そんな特別なことをしようとしているわけではない。
単純に、退勤と同時に彼のあとをつけて様子を見てみようというだけである。なんだか尾行というよりストーカーのようだが、今回だけだから許してほしいと思う。そもそも、去年までは頻繁に彼の家にお泊りデートもしていたのだ。とっくに住んでいる場所は知っている。
「ねえ、何でそんな冷たいの?お姉さん寂しいんでしょ、飲もうよー」
「だから!お金ないんで!」
ああもううざったい。女を引っ掻けようと声をかけてくる風俗店のキャッチの男性を振り払って、私は繁華街を速足で歩いた。こいつも死んでしまえばいいタイプの人間だ。今のご時世で、何故見知らぬ女の肩にいきなり腕を回してどうして許されると思っているのだろう。若干酔っているのか酒の匂いもした。間違いなく低俗な店に違いないし、大体こっちは月哉と付き合ってからそういう店には一切足を運んでいない。本当に、この世界にはゴミが多すぎる。
幸い、煩い繁華街ということもあって月哉に私の存在が気づかれることはなかったようだ。彼は随分周囲を気にしながら、いつもの自宅へ向かう道とは別の路地を選んで入っていく。引っ越したなんて話は聞いていないのだけど、と私は首を捻った。そもそも、なんだかきょろきょろしてばかりいるように見えるのも妙だ。
――んんん?
しかも。慎重に彼の後ろをついていくと、どうやら彼はやたらめったら回り道をした末に――いつもの自分の自宅へ向かっているらしいと気づく。散々ぐるぐると歩いた後で、見知ったアパートが見えてきた。まるで誰かを撒こうとしているようだ。自分の尾行がバレて不審がられているのかと一瞬思ったが、自分だとわかっているのなら向こうから声をかけてきそうなものである。彼の行動はどちらかというと“尾行されていたら怖いから遠回りして帰ろう”くらいのものだ。
頭にはてなマークを飛ばしながら月哉のアパートの前まで来た時、私は思わず声を上げそうになった。
――なんで!?
一人暮らしのはずの彼の家の窓に、電気がついている。
「あいつっ……!」
しばらく呆然としていた様子の月哉が走り出した。そのまま音を立てて階段を上っていく。この慌てぶりだと、ちょっと後ろをついていっても気づかれないだろう。私も彼の後を追った。
月哉は焦ったようにドアに鍵をさしこんで回し、そして。
「お前!」
廊下まで、その怒鳴り声は聞こえてきた。大人しい性格の月哉からは想像もつかない、すさまじい怒りを含んだ声。
「何で此処にいるんだ!鍵なんか渡してないのに!!」
最初のコメントを投稿しよう!