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「試されてるってわかっても、限度があるわよ!あたしだって、一人のか弱い女の子なんだから……そんな風に冷たくされて傷つかないと思ってるの!?可哀相だと思わないの!?恋人に優しくするって常識的なこともできないの!?酷い酷い酷い……誰かに騙されてるの?月哉もあたしのこと病気だって言うの、ねえ!?」
これはまずいのではないか。慌てて私はドアへと駆け寄った。僅かに隙間を開けて中の様子を見て、ぎょっとさせられる。
半裸の女が、月哉に馬乗りになって殴っていた。しかもそのあたりに落ちていたのであろう、分厚い辞書のようなものを使って。
――月哉は、ストーカーされてたんだ……元カノに。それで、巻き込まれないようにって私を避けて……!
普通なら、女と男では力の差がある。無理やり抑え込まれるようなことはない、と思うだろう。だが、それも時と場合によりけりなのだ。そもそも月哉が、男性としてはけして大柄でもなく屈強でもないこと。相手が狂気に堕ちるほど死にもの狂いであり、かつ鈍器を持っているともなれば――力関係は容易く逆転することもあるのである。ましてや既に、馬乗りになって殴打されているともなれば。
「あたしは、ただ月哉が好きなだけ!好きなだけ好きなだけ好きなだけ!なんであたしを受け入れてくれないの、試すようなことばっかりするの、もう十分じゃないあたしはこんなに頑張ったのに!こんなにこんなにこんなにこんなに月哉の試練を頑張ったのに、まだ認めてくれないなんて意地悪すぎる!誰かに騙されてるなら教えて、そいつ、あたしが殺してあげる、月哉を助けてあげる!だから!」
「や、やめっ」
気づけば、体が動いていた。
私は玄関先で靴を脱ぐのも忘れて飛び出し――思いきり、手に提げていたバッグを振り上げていたのである。
「ぎゃっ」
完全に不意打ちだったのだろう。女は軽々と吹っ飛んだ。私は彼女が取り落した辞書を拾うと、うつ伏せに倒れた彼女の上に今度は私が馬乗りになってそれで殴りつける。
仰向けになった相手を殴るより、うつ伏せの相手を殴る方が遥かに簡単だ。人間は、背後にいる相手に容易く反撃できるような身体構造ではないのだから。
「死ね」
それは、私がいつも脳内で、大嫌いな連中に浴びせていた言葉だった。
「死ね、死ね、死ね!死んでしまえ、お前なんか!月哉を苦しめるお前なんか死ね!死ね死ね死ね、死んでしまええええ!」
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