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2話
翌朝7時、普段なら間違いなく寝ている時間に俺はベッドから落とされた。
「いって! もぉ、どうしたのさ貧ちゃん」
俺Tのまま、貧ちゃんが怖い顔で仁王立ちをしている。そしてテキパキと寝具を取り去るとそれらを洗濯機に放り込み、敷き布団も掛け布団も干してしまう。
「俺の布団!」
「これがあるからいつまでもゴロゴロしてるんだ! あと、臭い」
「シンプルに刺さるな」
確かに万年床だからな。
貧ちゃんは洗濯をしている間にトーストを焼いて玉子を目玉焼きにしている。その尻が妙にそそる。
「……てぃ!」
「んな!」
後ろから尻を鷲づかみにしてみると面白い声が聞こえた。その後で思い切り殴られたけれど。
「何すんだお前は!」
「いや、いい尻してるからさ。小ぶりだけでキュッと上がってていいぞ貧ちゃん」
「嬉しくないわ!」
皿一枚にトーストと目玉焼き、昨日の残りのポテサラが乗る。こいつ、家事力高いと思う。
「食って、仕事探しに行け」
「いや、探しに行けって。俺の一番いい服でもジーンズとパーカーなんだが」
「リクルートないのかよ!」
「ない!」
就活あぶれて半年で俺は諦めた。リクルートでも売れば金になるかと思って売ってしまった。
貧ちゃんは頭が痛いと額を押さえる。そして徐に脱衣所に行くと、がま口の財布を首からかけて持ってきた。
「これで買ってこい」
「!」
なんと、諭吉が出てくる。俺は神を見る目で貧ちゃんを見た。神だけど。
「これ、どこから!」
「少しは蓄えてた。だがこれっきりだぞ! これでリクルートと髪なんとかしてこい。リサイクルショップなら買えるだろ」
俺はうんうん頷いて財布に入れて、朝から出かけた。
……パチンコで諭吉が消えた。いや、増やそうと思っただけなんだよ。
夕焼けの空、トボトボと帰ると貧ちゃんが俺を迎えて……グッと睨んだ。
「何してた」
「あぁ、えっと……」
「服は?」
「……悪い」
素直に頭を出来るだけ下げた。殴られたり蹴られたりは覚悟した。俺も流石にクズだって思うから。
でも貧ちゃんは何も言わなかった。泣きそうな顔をギュッと引き結んで、くるりと背を向ける。ドアは開いたままだから、俺も中に入った。
部屋は一日で別の家みたいに綺麗になっていた。皿も全部綺麗だし、ゴミも分別してある。床は掃除機の他に拭き掃除までされているし、窓も曇っていない。詰んでいた服は畳まれてクローゼットの中。何より布団がふかふかになっていた。
貧ちゃんは首からがま口をさげていて、そこからもう一枚諭吉を俺に出した。
「明日こそ、買ってこいよ」
「……うん」
なんだよ、この胸が痛む感じ。クズの自覚あるし、罵られるのにも慣れた。親だって俺をほぼ見捨ててるし父親は勘当したと思っている。だから失望には慣れてる。
なのに、今は痛い。信頼が辛い。
「昼に、上の家のおばさんがお前にって魚くれた。旦那さんが釣りすぎたって。新鮮なアジだったから、刺身にした。あと、食える野草で味噌汁にした。玉子もだし巻きで」
「貧ちゃん」
「なんだ」
「俺、真面目に働くわ」
「……そうしろ」
俺、初めてだよ。こんな風に誰かに信じられてるの。見捨てていいのに見捨てられないの。でもさ、説教よりも俺には染みるんだよな。
貧ちゃんの作ったご飯は美味しかった。レンチンじゃない飯なんてどのくらいぶりに食べたんだろう。
風呂は俺が明日から掃除する事にした。なんか一つでも返そうと思った。
貧ちゃんはスマホで内職の仕事を探していた。やった事ないけれどやってみるそうだ。
そして次の日、俺はちゃんとリクルートを買って、髪を綺麗に切ってきた。そうして家に帰ったら、貧ちゃんはとても嬉しそうな顔をして迎えてくれた。
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