後悔カメラ

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 それはある若い舞台俳優の、宣材用ポートレートを撮影する仕事でした。    彼の姿を真正面から撮影すると、やはり前回と同様2枚の写真が撮れています。  一枚は普通のポートレート、そしてもう一枚の写真では、彼はどういうわけか野球のユニフォームを着ています。  私はとぼけた、冗談めかした調子でその写真を本人に見せてみました。 「おや、不思議な写真が撮れましたよ」  するとその俳優は、この不思議な出来事にびっくりすると同時に、何かを思い出すような感慨深い顔つきになったのです。 「ああ、野球か……子供の頃、本当に大好きだったんですよ……。もしかして僕の野球への気持ちが強すぎて、それが写真に映っちゃったのかな?」  彼もユーモアのある言葉を返してくれます。  しかし彼の表情は、少し暗いものになってゆきます。私はそのまま興味深く、こっそりと彼の顔をうかがっていました。 「でも、コーチの理不尽なスパルタ指導が嫌になって、中学生の頃にやめてしまったんですよね……」  私は同情を示すように、神妙な顔で彼を見つめます。  すると彼は、とたんに明るい顔つきになってこう続けるのです。 「あれおかしいな、ずっと今まで、野球のことは心にひっかかっていたんですけど……この写真を見たとたん、なんだかスッキリしました。」  彼はこころなしか来た時よりも軽い足取りで、スタジオを後にしたのです。  それからというもの私は、何度もこのカメラでポートレートの撮影を行いました。  演劇や芸能関係のポートレートのみならず、地元の実業家の写真や、記念日用の家族写真、はたまた履歴書に使うための写真など……私は貪欲に仕事を増やしてゆきました。  そのたび、2枚の写真が撮影され(片方は現実とはかけはなれた不思議な写真です)、そしてその瞬間、写された人は決まって晴れやかな表情に変わるのです。  そんな不思議な写真の多くは、もともとの被写体の服装やポーズ、背景をまったく無視した、実に色々な場面のものでした。    スポーツ選手の恰好で、大きなスタジアムの中で活躍している写真。歌手になって、ライトを浴びながら群衆の喝采を浴びている写真。はたまた、美しい誰かと一緒にいる写真。  皆、殺風景なスタジオでほとんど代わり映えのしないポーズでカメラの前に立っているにも関わらず、おまけとして撮影される不思議な写真の内容は実に多岐にわたるものでした。  しかしそのどれも、とても美しい場面ばかりが映った写真です。  何度もこれを繰り返すうちに、私には段々と仕組みが分かってきました。
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