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オンラインゲーム『エクリプス』
毒島中(38)はトイレに行くのが億劫である。
最近はペットボトルを自室のテーブルの下に置き、その中に小便をしている。
その理由は、人気オンラインゲーム『エクリプス』。
『エクリプス』は、光軍と闇軍が24時間365日戦争し続けている世界で、プレイヤーは光軍と闇軍のどちらかに附いて戦う。
毒島はヘッドセットを付けて、口元のマイクに声を入れる。
「様子はどう?」
デスクトップパソコンのモニターには、中世ヨーロッパ風の黒い甲冑を身に纏う美男子のアニメキャラクターが映っていて、毒島を見つめるようなカメラ目線で話し掛ける。
向こう側のプレイヤーにとっても、毒島は美男子のアニメキャラクター。
『エクリプス』はプレイヤーの喋った声や表情の変化に、キャラクターの動作が連動する。VTuberの技術を応用したもので、プレイヤーは自分が本当に『エクリプス』のキャラクターになったり、声優になったりしたような気分を味わえる。
本物の毒島は、低身長でブクブクに太った、とても美男子とは言えない醜男。
毒島のアカウント名は“ベノム”である。
ベノムと仲間の“クロウ”は闇軍の城壁の屋上から、光軍が攻め入るかもしれない国境を眺めている。
闇軍の領土は24時間365日、世界中の何処からアクセスしても必ず夜である。
一方、光軍の領地はいつも昼である。
だから、ベノムとクロウの二人が見つめる、国境沿いは常に黄昏時の夕焼け空。
領地には森林が広がり、新緑が夕焼けによって紅葉の如く赤く描かれている。
「大丈夫。今日は光軍も攻めて来ないんじゃない?」
「どうして?」
「攻略特典イベントは明日からだもん。強い奴は明日の15時からでしょ」
「でしょうね」
「ちょっと、ベノムさん、お話しませんか?」
「ああ、いいよ」
「ベノムさんって、ほとんど毎日エクリプスにログインしていますよね?」
「そうだね」
「仕事は?」
「辞めた。実家でニートしてる」
「なんで辞めたんですか?」
「だって正社員じゃないもん。正社員は終身雇用でボーナスも昇給も有るけれど、俺は同じ仕事してもボーナスも昇給も無く、いつ契約を切られるかも分からない。そんな不公平にウンザリしたのさ」
「なるほどねぇ……」
「ゲームは良いよ。すればするほど強くなる。長年やってきた時間がそのまま僕の強さとなり、価値になる。公平で最高だね」
「実は、僕もニートなんです」
「でもクロウさんって課金ユーザーだよね。お金は?」
「親から小遣い貰って、それで課金してます」
「小遣いだけでそんな良い装備手に入るの?」
「親が医者なんで、小遣いも月に20万円貰えるんです」
「いいなぁ。俺なんて貯金切り崩しているだけだから、マスタークラスで居られるのも後二年無いかもなぁ……」
寂しい目付きで遠くを眺めるベノム。
「さてと、トイレにでも行くか……」
「えっ、ベノムさんってトイレに行くんですか?」
「当たり前だろ?」
「“オンラインうんこ”知らないんですか?」
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