八月三日 バレンタインの雪だるま君

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 東京に入ってすぐ。  ちょうど俺にメールをくれたあとだ。  ゆっくり車を走らせていると、雪がどんどん積もりつつある歩道を小さな子供と歩いているお母さんを見かけたのだという。追い越し振り返ったら赤ちゃんも抱っこしてる。これは三人とも凍えちゃうと思った一ノ瀬さんはハザードを焚いて路肩に停まり「家まで送りますよ」と声をかけたのだと。  でも若いお母さんは警戒して「けっこうです。すぐそこなので」ってお断り。当たり前と言えば当たり前だ。でも小さい子はとても寒そうで、一ノ瀬さんは仕方なく車から大きな雨傘を出して「あげます。使ってください」とお母さんに渡して立ち去ったらしい。  しばらく走ってると、今度は渋滞につかまり、それを抜けてもうすぐアパートだと思ったら、国道から一本入ったところで、スリップしたのか側溝にタイヤがハマってる車と鉢合わせしちゃったらしい。  知らん顔して通り過ぎることもできたと思うのだけど、携帯を耳へ当てて困った様子でウロウロしてる中年の奥さんを見て、一ノ瀬さんが見ぬふりなんてできるはずもなく、またハザードを焚いて車を路肩に停め「大丈夫ですか?」と声を掛けた。  そしたらその奥さん「娘を駅まで迎えに行かなきゃいけないのに困った」と泣きそう。自分のことより娘を心配してる気持ちに同情した一ノ瀬さんは奥さんの代わりに駅まで娘さんを迎えに行った。  事前に奥さんが娘さんに電話しておいたから、一ノ瀬さんが迎えに行っても娘さんは素直に車に乗ってくれたらしい。そこは良かった。  その娘さんを家まで送ってから、奥さんの車を見に行ったらまだレッカー車もなにも来ていない。あっちこっちで事故が起こってて、JAFも大忙しだったんだろう。  一ノ瀬さんは他のノロノロ走っている車の運転手たちに「止まってください!」と声をかけて、男性ばかりを六人集め、みんなで力を合わせ、溝にハマったタイヤを外すべく「せーの」で自動車を持ち上げたんだって! 「軽だったからよかったよ~」  なんて一ノ瀬さんはケラケラ笑って話してるけど、大雪の中、みんな大変だっただろうに。  ようやく奥さんも車を動かすことができて、よかったよかったと車に戻ったら、今度は一ノ瀬さんの車がガス欠で動かなくなってたらしい。  東京に入ってからガソリンを入れようと考えてたのに、人助けしてるうちにガソリンが残り少ないことがどこかへすっ飛んでしまったようだ。  でも世の中には困ってる人を助けてくれる人はいるもんで、「あちゃー」と思ってたら「明日の朝までここに置いといていいよ」と近くの酒屋さんが声をかけてくれたらしい。その男の人は奥さんの軽自動車を一緒に持ち上げてくれたマッチョのおじさんで、一ノ瀬さんとふたりでニュートラルにした車を押し、駐車場まで運ぶのを手伝ってくれたという。 「んで、そのおじさん本当にいい人でさ、家まで送ってやるよって。でもアパートはすぐそこだしいいですって歩いてきたの」 「大変だったねぇ」  雪の日の大冒険談だ。
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