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窓の外の雪はさっきより少し大粒になっていた。部屋もどんどん冷えてきてたみたいで、二の腕の皮膚が痛いことに気が付きエアコンを点ける。
車で行って正解だったよね。電車だったら雪でストップしちゃうかもしれないもん。
しばらく動画を見て時間をつぶし、出来上がったケーキの仕上げに取り掛かる。ココアパウダーをふりかけ、カットしてブルーベリーとイチゴを飾っていく。横に添える生クリームは食べる時。これは流石にタイミングつかめないから、市販のホイップでごめんなさいだ。
四時頃、一ノ瀬さんから連絡がきた。
『雪のせいで、時速四十キロだよ。でも、もうすぐ東京入るー』
『わぁ、疲れちゃうね。しんどくなったらどこかで休憩してね』
そう返事をしたものの……五時になっても、六時になっても一ノ瀬さんが帰ってこない。もう鍋の下ごしらえも終え、帰ってきたらすぐに入れるようにお風呂の準備も終えてしまった。『どんな感じ?』『大丈夫?』とメールしても返事もない。メールじゃ埒が明かないと電話をかけてみたけど出ないし。何度もかけてるうちに「おかけになった電話は現在通話できません」とアナウンスが流れだす始末。不安はムクムクと膨れていく一方だ。
とうとう七時になってしまった。
テレビを点けても主要道路で玉突き事故が起こったとか、雪で立ち往生してるニュースはこれといって流れていない。
警察に連絡したほうがいいのかな?
ダイヤルボタンをタップしそうになって、でも警察に連絡となると大事になってしまう。一ノ瀬さんの実家にも連絡が行くだろう。家族のみんなを俺みたいに不安でムクムクにするわけにもいかないしと思い留まった。
外はすっかり日が暮れている。
もう何度、時計と携帯を確認しただろう。
窓を開けると雪は大きな綿雪になっていた。
見下ろせば、窓の下は道路まで真っ白。
ゆっくり帰ってきてと言ったのは他でもない俺だ。連絡がないのはすごく不安だけど、充電が切れただけかもしれないし。東京内にはいるはずだよね? でも電波の届かないところなのか……。
ううん、大丈夫。きっと雪の渋滞にハマっただけ。
それに、俺は十年待った。これくらい……。
「待つのも、信じるのも得意なんだから」
ひとりごとを零し、夜空を仰ぐ。
ふわふわの雪は際限なく降り続ける。吸い込まれそう。スローモーションみたいにゆっくりなのに止まらない雪を見上げながら、「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返した。
グッと一瞬目を閉じ力を入れ、気合いを入れなおす。
もうすぐヘッドライトが見える。
そう念じながら一ノ瀬さんの車を見逃さないように、道路を見つめていると、どこからか、とても小さなクシャミが聞こえた気がした。ハッとして、窓から身を乗り出す。
真っ白になってしまった道路をヨロヨロ歩く人影が見えた。男の人だ。傘も持たずに、頭にも肩にも雪が積もっている。 重い足を引きずるように、雪の上を歩きづらそうに、でも一歩一歩と進んでる。真っ白な上着を着た人はとうとう立ち止まり、顔を上げた。その顔をよーく見ると一ノ瀬さんだった。
「へ?」
頼りなく笑って、手を上げ弱々しくヒラヒラと動かしてる。
なんで徒歩っ!?
俺はビックリしたと同時にサンダルに足を突っ込み外へ駆け出していた。階段の上からもう一度姿を確認する。外灯の下で立ってる一ノ瀬さんが信じられない。一気に階段を駆け下り、ふわふわ積もった雪へ踏み出た瞬間だった。くるんと視界が宙を舞い、次の瞬間ドシンと尾てい骨に衝撃が走った。
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