第19章 新のことで心配を抱えてるのはここずっとわたしのデフォルトなので。

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第19章 新のことで心配を抱えてるのはここずっとわたしのデフォルトなので。

『いやだからさ。…どれでもいいとかあるわけないだろ。ほんとに素人は困るんだ、これだから。…あのさぁ、受注生産とか。数量限定とかあるわけ、こういうのは。あとから買い直せばいいじゃんとか。気軽に言ってくれるなよなぁ』 野沢家を出てしばらく行ったところにあるファミレスにひとまずみんなで落ち着いて。改めて新所蔵の大事なフィギュアかぬいぐるみを彼の依代にする案を本人に伝えると、案の定奴はわたしの脳内で荒ぶり始めた。 わたしは近くのテーブルの他の客の耳目を気にしながらも、声を極限まで落としてなるべく親身な声をかけて新の猛りかけた心を和らげようと努める。 「まあまあ、…そうは言うけどさ。別に潮さんだって意地悪でこんなこと言ってるわけじゃないんだよ。なんたって生命のないただの無機物をあんたと誤認させなきゃいけないわけだから。それだけ本人の執着や思い入れが強いものを身代わりにしないと上手くいかないって。…新の今後の人生がかかってるんだもん、背に腹は代えられないのは確かでしょ?」 『それはまあ。…理解できなくはない、けどさぁ…』 渋々とわたしの説得に頷く(雰囲気。首をどう動かしてるつもりかは知らん)新。ちょっと当たり過ぎたと思ったのか、ほんの少し声が甘くなる。 『葉波が俺のこと心底心配してくれてるのもちろんわかってるよ。だからお前が言ってることには何の不満もないんだ。まあ百歩譲って…、そこで面倒くさそうな態度丸出しでマンゴーパフェ食ってる奇天烈女にも。わざわざ業務時間外にプライベートの時間を割いてまで俺たちのために付き合ってくれてるんだからな。文句なんて言える筋合いじゃないのわかってる。むしろ、感謝してるよ』 「…潮さん。新がね、あなたに感謝してるって。わざわざご足労かけてすみません、て」 奇天烈女、とかいちいち加えられた余計なところは取っ払って無難に表現を丸めて彼の言葉を伝える。潮さんはフォークにでかいマンゴーの塊をぶす、と刺して掲げながら鷹揚に応えた。 「いいってことよ。葉波のこと今後とも大事にしてくれりゃあたしはそれでいい。それに、ひとのためにしたことはぐるっと回って結局最後は自分とこに戻ってくるものだから。こっちは自分の都合でやってるんだし、君は気にする必要ない」 「…オトコマエでしょ?うちの社長」 こっそり声を落として新に尋ねると、奴は中途半端な曖昧な反応を見せて微かに唸った。 『気風がよくて竹を割ったような性格、てのを男とか女とかいう形容詞で表現すんのは今どきどうなの。ジェンダー的に問題じゃないか?』 「うーん…、言われてみれば。そっかぁ。まあでも、あの人は男の枠にも女の枠にも収まらない感じだからなぁ。潮さんはただ潮さんだよね」 なんか真っ当なことを指摘されて素直に納得するけど、だからどうと言うほどのことでもない。普段変な踊りを踊ってる姿からは想像もつかないくらい懐が深くて頼れる、ってひとことで言い表す適当なワードが見つかればそりゃ、いいんだけど。確かに属性が男か女かはあんまり関係ないな。 そこでふと新の口調が変わって再び腹に据えかねたような文句が始まった。 『いやだからそこじゃなくて。葉波とそこの変てこ社長女史はいいよ、別にわざと狙って俺のぬいとフィギュアを標的にしたんじゃないってわかってるし。純粋に俺を助けようとしてくれてる結果こうなったんだろ。…だけど、そこでチョコバナナ満載のパフェに顔突っ込んで夢中の人はさぁ』 「ん?…あの子、なんか言ってる?わたしのこと」 つい目線が、幸せそうにバナナをつついてる遥さんの方に向いてしまった。きっと新の今後に久々に光明が見えてきて心の重荷が吹っ飛んだんだろう。わたしの視線を察して彼女がそこで、スプーンを持つ手を止めずに僅かに顔を上げる。 わたしが説明のため口を開くより早く脳内でがんがんとマシンガンのような苦情を連発する新。 『なんか言ってる?じゃないよ。…絶対わざとだろ、俺のぬいちゃんとフィギュアを生贄に推薦したの。わかってんだぞ、前々からあんたこんなに買ってどうすんの?飽きたらどうせ全部ゴミじゃん、とかしつこく絡んできたくせに。せっかくバイトして貯めたお金こんなもんに使うなんて勿体ない。もっとまともで役に立つもの買いなよ、とかぶつぶつ説教かましてきてたよな』 「はあ…、まぁ。姉の身としては。わからんでもない」 思わず正直な感想がぽろっと漏れる。バナナを一切れぱくっ、と口に放り込んだ遥さんがわたしの台詞に反応した。 「なんか言ってる?恨みがましく文句言ってんでしょ、どうせ」 「いえあの、前々からこんなの買ってどうすんのって言ってただろって。俺のぬいとフィギュアを身代わりに選んだのはわざとなんじゃないか、とか。疑心暗鬼になってます…」 遥さんは全く動じた風もなく愉快そうに応じながらさらにアイスクリームの高いタワーの先端を崩した。 「考えすぎだよ。だって大切にしてる何かを代償にしないとあんた、元の生活に戻れないんだよ?そんな局面で犠牲にできるものなんて。そうそういくつも選択肢あるわけないじゃん。むしろ、生活に必須じゃない娯楽性の高いもの選ぶのは。普通に当たり前の考えじゃないの?」
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