第9話 男装麗人近侍は女を愛す

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 クラウディアと同じく、同人作家でもあるオリヴィアの裏人格オリヴィエは魔性の笑みを浮かべては上機嫌そうだった。人目をはばかることなく買い物袋からゼンマイ仕掛けで動く棒状のマッサージ器を取り出しては、怪しげに笑みを浮かべてはペロリと、マッサージ器を舐めてみせる。小悪魔のようなオリヴィエとは異なり、純粋無垢なオリヴィアはマッサージ器の扱い方を知らない。知らないからこそ、オリヴィアがどんなどんな反応を見せるのか、彼女は楽しみにしていた。また、こうやってわざとマッサージ器を取り出して大通りで舐めて見せたのも、縮こまって去って行く男を嘲笑う為でもあった。 {マッサージ器一つで何を縮こまっているんだァ}  去って行く男を見てはゲラゲラと下品な笑い声を上げる。あまりにも別人すぎる性格にクラウディアと同じく、街の人達はオリヴィエが聖職者のオリヴィアだと気付く人はいない。  さすがのクラウディアも呆れて、オリヴィエを注意する気にもなれない。 {あ、そうだ。そうだ。すっかり、忘れていたぜ}  城で暮らしているクラウディアとは違い、オリヴィエは城下町の教会書房の支部で生活をしていた。当然、帰る方角が違うので途中で別れることになるのだが、その際、オリヴィエは思い出したかのように言う {騎士団長様。今夜は王子様とお楽しみだな。どんな夢を見たか楽しみにしているぜ}  その一言にクラウディアの顔が急に赤くなった。オリヴィエが妙なこと言うので、余計に意識してしまうではないか。薬の利用方法を。  王国の王子、エリックとの夢。それもまた見る夢の候補の内の一つ。 (落ち着きなさい。エリック王子の夢は考えなくもなかったわ。でも、それはエリック王子と街中を一緒に散歩する夢であって、決して宿屋や自分の部屋―――人前でウフフ、ムフフなことをするのではないわ。夢は正しく使わないと)  頭の中に浮かんだ妄想を強い意志で振り払い、クラウディアは咳払いをした。変装しているとはいえ、自分は王国騎士、クラウディア・マール。恥をこれ以上、世間に晒すわけにはいかない。つい、この前だって、本の検閲をオリヴィアに頼まれて自分の書いた同人誌(成人向け)を人々の前で朗読させられた。あれは、教会のシスターから依頼されたのであって、職務の一つ。この件に関しては同情する意見が多かった。  とにかく、あれ以上の醜態を人々の前には見せられない。どんな些細なことであっても、変に思われてはいけなかった。今が私用でも、気品を忘れることなく騎士団長としてあるべき姿で行動をしなくては。それが、人々のお手本になる。  念の為、衣服店に立ち寄って、私服と下着を少し買っていこう。買い物袋の中にインクと漫画の原稿用紙だけが入っているところを見られたら、勘ぐられるかもしれない。  衣服店から衣類を数点購入すると、原稿用紙を隠すように袋に詰め、クラウディアは城への帰路に就く。 「お帰りなさいませ、クラウディア様!」  クラウディアが帰ってくるなり城門の門番は敬礼する。そこまで、かしこまる必要はないのだが。クラウディアは軽く挨拶をして門を通る。時間帯が時間帯であるだけに、すっかり日は落ちて、城まで続く道を浮かび上がらせるのはガス燈だけ。城門から城までそれほど遠くはないが、等間隔で並んだだけのガス燈だけではやや心ともなかった。それでも、篝火に比べればずっと、明るかった。  ただ、ついクラウディアはマーク・ドリームで見たケイコウトウなる照明器具と無意識に比べてしまう。ガス燈とは異なる別な技術で光らせている光源らしいが、どのような技術を用いているのかまでは知らない。ガス燈より煌々と輝くケイコウトウは眩く、普段から見慣れているガス燈の明かりが弱く感じてしまう。  ケイコウトウとは買えるものなのか、今度、マーク・ドリームに出向いた時にでも聞いてみよう。  あれほどの明かりがあれば、もっと安全に夜の街を過ごせるようになる。人々の生活の為にも、しいては王国の為にもなる。  しかし、それを実現するにはやらなくてはならないことが多くある。予算を管理している財務大臣を説得して購入の為の予算を組んでもらわなくては。騎士団の職務をこなし、漫画を書き、新しい技術も取り入れる。考えるだけで、頭痛かしてきそうだ。 (せめて、補佐してくれる人がいれば―――)  さすがに、それは贅沢な願いか。普通なら騎士団なら団長を補佐役が存在する。それが副団長であったりする。しかし、騎士団には副団長はいない。代わりとなる人材が必要だ。だけど、クラウディアが同人作家であることを隠している以上、身近に人を置くことはできない。万一、補佐する人に同人作家であることが知られでもしたら、それこそ信頼の失墜だ。  団長としてどう行動したら良いのか、クラウディアは頭を悩ませながら城に続く舗道を歩いた。城まであと少しのところまで来たところで、 「クラウディア様!」 「あら?」  意外な人物がクラウディアを迎えに現れた。騎士団の誰かが出迎えに来ることは珍しくなかった。ごく希にエリックがいる時もある。だが、今回は完全にクラウディアの予想外の人物。
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