第9話 男装麗人近侍は女を愛す

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「大臣。どうしたの?」  いつも王やエリックの傍にいて、クラウディアを失脚させることに熱意を燃やしている大臣。彼が自ら、目の敵にしているはずのクラウディアを迎えにきたのだ。また、新たな策略を練り彼女を罠に填めようというのか。しかし、今日の彼はいつもと違っていた。暗殺者を招き入れ、クラウディアの暗殺に失敗した時と同じく、顔面蒼白で息を切らせていた。 「どうしたも、ハァハァ・・・・・・こうしたもありません。お、王妃様が!」  大臣は呼吸を整えつつ、どうにかして言葉を絞り出す。だが、その声は驚嘆と困惑が入り交じり、彼自身なんと言ったらいいのか分からない様子であった。 「王妃?・・・・・・さ・・・・・・ま!」  クラウディアは初め、王妃と言われても、誰のことだか分からなかった。無理もなかった。クラウディアは騎士団に入団してから、今まで王妃を目にした数など片手数えるほどしかなかった。十年近く王国に尽くしていながら。存在感のなさに、クラウディア自身でさえ王妃の存在を忘れてしまっていた。いや、クラウディアだけでない。大臣もまた同じだった。謀略を巡らせていながらも、王妃の存在はすっかり頭から抜け落ちて、第三者に言われるまで忘れてしまっていた。王国の王妃の存在を忘れるなどあってはならないことに、彼はすっかり顔から血の気が引いてしまっていた。 「そうです。王妃様がクラウディア様を呼び出しに!」  これは大臣にとって予期せぬ事態だった。まさか、王妃自らクラウディアを呼び出すなど。 (まずい。まずいぞ。もし、王妃様がクラウディアを呼び出した理由が王子関連だとしたら・・・・・・)  王妃からの呼び出しが、息子エリックに関わること。もし、それがエリックとクラウディアの仲をより親密にするものであったとしたら、自分にはもう手出しできなくない。なにせ、王妃が認めた仲だ。そこに第三者である大臣が手出ししようものなら、反逆罪にも等しい行為になってしまう。 「クラウディア様。今すぐに、王妃様のところへ」  大臣は自分の内情を悟られないよう平静さを装う。王妃にあれこれ意見ができる立場でもない。あとは、天に命運を託すしかなかった。 「分かりました。すぐに準備をして参ります」  クラウディアは大臣とは別の意味で緊張していた。今まで直に対面したことのない王妃からの呼び出し。これは毎朝行っている謁見の間での挨拶以上の緊張感。一つ間違えれば、印象が悪くなってしまう。そう、王国の王妃であると同時に彼女は、エリックの母親である。  もしかしたら、将来のお義母さんになるかも―――。 (って、私は何を考えているの!)  王妃に喚ばれたというのに、クラウディアは王妃のことを“お義母さん”と呼ぶことを想像してしまう。一国の騎士団長だというのに、そのような邪な考えを抱くなど。クラウディアは考えを振り払うと、買い出ししてきた荷物を抱え部屋に戻る。途中、城で働く近侍の女性が荷物を持ちましょうかと聞いてきたが、それは遠慮した。中身を見られでもしたらマズイ。  部屋に戻ったクラウディアは鍵をかけ着替える。どちらにしろ、この姿では王妃と面会などできない。 「新しい下着、買ってきてよかった」  別に下着を見られるということはないが、身だしなみを整えなくては。王族との面会は細部に渡ってまで見られる。騎士団長という責任ある立場の者となれば尚のこと。 「・・・・・・あれ?これって」  最近、行きつけの店、マーク・ドリームに通じる道幅が狭くなっていたのを感じていた。気のせいかと思っていたが、どうやら違っていた。胸は少し大きくなっていた。いつも身に付けている下着は少し伸びていたので気づかないでいた。  後ろに手を伸ばして下着のホックを引っ掛けようとするも、上手く引っかからない。 「もう少し大きめのを買えば良かったかな」  歯を食いしばり胸回りをできるだけ縮めようとするも、あとちょっとのところで届かない。無理して伸ばせば返品ができなくなる。 「はぁ、はぁ。無理、やっぱ」  王妃との面会に古い下着で行くべきか、それとも無理矢理でも買ってきた新品の下着をつけて行くべきか。悩んでいる時間はないというのに、クラウディアは思わぬところで躓いてしまう。  呼吸を整え、もう一度だけチャレンジしてみよう。それでダメだったら、古い下着の中で少しでも良いものを身に付けて。いっそのこと―――。 (いやいや。さすがに、それはダメよ。いくら、下着がないからって)  肌着と鎧だけを身につけ、下着をしないでいくという選択肢もある。だけど、さすがにそれは自制した方がいいと、自分自身を戒めた。一国の王妃の前で、下着も身につけず出向くなど。  だけど、やってみたら結構気持ちいかもしれない。クラウディアの心の片隅に、そんな悪い発想が目を出す。  大勢の前で羞恥を晒す方法をいくらでもある。だけど、未だに試していないのは一糸まとわぬ姿で出向くというやり方。現実で、そんなことをすれば捕まってしまうような案件でも、漫画の中であれば。よからぬ、考えがクラウディアの想像力を掻きたてる。まだ着替えも済んでいないというのに、欲望を抑えられなかった。漫画を書くのに適している半裸の姿というのもある。机に向かうと、ナーコの店で買ってきた漫画用の原稿用紙に溢れ出た想像をしたため始めた。  こんなことをしている場合ではないと、分かってはいるが想像が掻きたてられた今は、面白いようにペンが乗る。 「ああああ!もう!」  この妄想を漫画に起こさないと落ち着けない。落ち着かない。急がなければならないというもどかしさを抱えながら、クラウディアは一人で勝手に悶絶するばかりだった。
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