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軽いノックの音がした。中の様子を確かめるように、ゆっくりとしたテンポに二度。鉄の扉を叩く。
小さな音であったが、漫画を書いていたクラウディアの手を止めるには効果があった。漫画を書くことに熱中していたクラウディアはノックの音に対し、反射的に手を止めた。
「だ、誰ですか」
まずかった。ノックが無ければ、気づかずに漫画を書き続けていた。書きかけの原稿を含め、漫画に関連する道具を鍵付きの引き出しにしまった。それから、一呼吸置いて彼女は扉の方を振り向くと、声をかけた。
返事はすぐには返ってこなかった。元々、この部屋は会議室として使われており防音の密度は他の部屋より高い。
「誰ですか?」
もう一度、今度は扉の前に立って、もう少し大きな声で聞いた。数秒の空白を置き、
「クラウディア様、王妃様の、近侍です」
淡々とした口調で述べる。
王妃の近侍。その言葉にクラウディアの背筋がピンとなった。近侍とは王族、貴族を含め、様々な場所で働いている働き手の(主に女性の)総称である。庶民とそれほど変わらぬ立場だ。しかし、王家直属の執事(バトラー)や近侍になると話は違ってくる。それは、彼らは単なる働き手に留まらず、王家の補佐や伝言を任されているからだ。王国騎士団の団長でしかないクラウディアとは一線を画く地位を築いている。
ただでさえ、王妃の姿は数えるほどしか見ていないクラウディア。その王妃直属の近侍となれば、どのような人物であるか想像もつかなかった。同じ城の中にいながらも、異質な存在に、緊張感を抱いて当然だった。
「すみません。今、着替えている途中で―――」
本当は漫画を書くことに熱中していたなど言えるはずもなく、クラウディアは嘘を言った。
「存じてます。私、着替え、手伝います」
迎えに来た近侍の口癖なのか、妙なところで言葉を切りながら言う。
着替えを手伝いにきた。それは、それでクラウディアにとって願ってもないこと。近侍に頼めば、代わりの下着などすぐに用意してくれる。
「手伝ってくださるの?でしたら、お願いします」
漫画の道具関係は引き出しの中にしまった。愛読している薄い漫画本も本棚のすきまに隠してある。ひとまず、それらが見つかる心配はないだろう。
クラウディアは胸を布で覆い隠して、扉を開けた。
「失礼、します」
「やぁ、やぁ!ここが、騎士団長様の部屋さね。思ったよりシンプルな部屋さ」
クラウディアの部屋に入ってきた近侍は一人ではなかった。口数の少ない褐色肌でがたいの良い女性。もう一人は男性にも見えなくはない男装の麗人とも言うべき女性。二人の近侍だった。
「セレス、クラウディア様、失礼しない」
「別にいんじゃないさ。騎士団長様の部屋さ入れる機会はさ。滅多にないんだからさ」
「そうとは、いえない」
二人の近侍はそれぞれ、変わった喋り方をしている。その様子を見ていると、まるで漫談でも見ているかのようだ。
二人のペースに飲み込まれそうになる中、クラウディアは驚いたように二人を凝視する。無理もない。クラウディアは彼女達とはつい先日に出会っていたからだ。城で働いている近侍とは違った色の服を着ていたから、印象に残っていた。だけど、あの時の二人が王妃直属の近侍などと考えてもみなかった。
「クラウディア様」
マイペースな近侍、セレスのことは放置して城では珍しい褐色肌の近侍、フェムトはクラウディアの方を見ると、手に持っていた袋を差し出した。
「これは?」
「私のサイズ、下着、たぶん合う」
「下着?」
フェムトから下着を差し出され、クラウディアは目をパチパチさせる。フェムトはがたいの良い女性である。そのせいか、胸回りはクラウディアより大きい。彼女は自分サイズの下着をわざわざ、持って来てくれた。
「・・・・・・ありがとう」
クラウディアは一言、礼を述べると袋に入った下着を取り出す。薄い半透明の紙で丁寧に包まれた新品の下着は当然のことながら、フェムトサイズで若干大きい。
下着のサイズが合わなくて困っていたところに、下着の差し入れは助かった。ただ、その一方でクラウディアは首を傾げる。
(どうして、私の下着のサイズが合わないことを知ってたのかしら)
下着のサイズが合わなくなっていたことを知ったのはついさっきだった。部屋には鍵をかけてあったから、外から中は見られない。だったら、フェムトはどうやってクラウディアが下着のサイズが合わないことを知ったのか。そして、すぐに代わりの下着を用意できたのか。
「クラウディア様の部屋はさ、元会議室とかに使われていたって聞いてたけどさ。この造りといい本当のことさみたいだね」
真面目そうなフェムトとは対照的にセレスは食い入るように、クラウディアの部屋を見渡している。部屋の構造が気になるのか石壁を叩いたりもしていた。
それの様子をクラウディアはハラハラして見守っている。人の本棚を漁ったりはしないと思いたいが、何かの加減で隠してある同人誌や資料が見つかりでもしたら。
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