第9話 男装麗人近侍は女を愛す

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「セレス、静かに、それと、手伝う・・・・・・」 「分かってるさ。騎士団長様の着替えね。クラウディア様のお美しい身体に触れられるなんてさ。近侍にとって喜ばしいことやらないことはないさ」 「申し訳ありません。クラウディア様、セレス、教育、足りてない」 「余計なお世話さ。ほらほら、フェムトももっと、積極的にクラウディア様に絡まないとさ!女性同士の結びつきこそ、カップリングで最高なんだからさ」  セレスは本当に王妃の近侍なのだろうか。真面目そうなフェムトとはずいぶんと対照的な人物だ。クラウディアの着替えをフェムトが手伝っている最中にも関わらず、手伝いに来たはずのセレスは熱く女性同士の恋愛について語っている。 「私はこう思うのさ。女性というのは全ての愛の始まりであって、それこそが世界の真理なんださ。男なんて生き物はさ、女性に種子を運ぶだけの入れ物でしかないさ。だからさ、男なんさいなくても、女性だけて繁栄できると思うのさ。世の中に出回っている、漫画本を見れば一発で分かるさ」 「漫画本?」  “漫画本”という単語にクラウディアは眉が動く。  王妃との面会に向けて、下着だけではなくスタイルが良く見えるようにとフェムトはコルセットをクラウディアに身に付けさせていた。紐を引っ張り、少しきつめに締められるコルセットは普段、戦いやすいように動きやすさを追求した鎧に慣れているクラウディアにとって窮屈に感じていた。それだけに、自分に興味がある話が出てくるとつい反応してしまう。 「クラウディア様、漫画、読むの?」  クラウディアの反応に気付いてなのか、紐を締め上げていたフェムトが聞いてきた。 「あ、いえ。私だって、漫画本くらいは読むわ。騎士団長に教養は必要ですから」  今や、大陸全土で漫画は重要な文化に育ちつつある。全く読まないというのは変に思われてしまう。話に合わせ、読んでいると答えるのが妥当だろう。もっとも、読むだけに飽き足らず、自ら同人誌を書いていることまでは言えないが。 「懐胎白書・・・・・・」 「え?」 「なんでもない」  フェムトは何かを言ってきたが、クラウディアは聞き逃してしまう。その小さな言葉を。なんて言ったのか聞こうとするが、フェムトは口を閉じ、答えてはくれなかった。そして、なにより―――。 「―――分かりますか?女の子は可愛い。可愛いは正義さ。可愛い者同士がこねくり回している姿は世界の真理さ。まさに愛の形!魔法、オーケストラ、演劇はさ。全て、女の子に委ねるべきなのさ。そうすれば、世界の文化はもっと、豊かになっていくのさ!」  まだ、セレスの女性カップリング論を続けていた。その間、フェムトの手伝いをする様子が無い。それもいつものことなのか、フェムトは彼女を注意することはない。 「とにかくさ!クラウディア様も一度は、女の子同士の漫画を読むべきだと思うのさ」  セレスは鼻息を荒くして、クラウディアに迫る。彼女の気迫にクラウディアが圧されてしまう。 「えっと、ここにさ。ちょうどいい参考資料が―――」  セレスはそう言って、どこに隠していたのかスカートの中から漫画本を取り出す。一般に出回っている分厚い本とは違い、クラウディアが手がける漫画と同じ形態の十数ページに渡る薄い本である。 「これは?」 「同人誌という本です。実在する人をモデルに書かれた漫画本で、先日、クラウディアが教会の方と協力して没収した―――」 「セレス、それ以上、ダメ」  余計なことを口走りそうになるセレスの口をフェムトが塞ぐ。  一方、クラウディアはまた思い出してしまう。オリヴィアによって白紙にされた自分の同人誌と大衆の面前でやらされた辱めを。思い出すと今でも顔が熱くなる。 「失礼しました。クラウディア様」 「別にいいわ。教会のシスターに協力するのは、騎士としての職務ですから」 「申し訳ありません」  フェムトはそう言うと、深々を頭を下げて詫びるのだった。 「セレスも、謝る」  自分が頭を下げるのに合わせて、半ば強引に、セレスの頭を下げさせた。理由はどうあれ、クラウディアの恥を掘り返すセレスが悪いと言いたげに。 「ごめんなさい。クラウディア様」  頭を下げさせられたセレス。その時、クラウディアに見せようとした同人誌を床に落としてしまう。 「キッス・ミー・ダイアリー」  床に落ちた同人誌のタイトルをクラウディアは思わず読み上げた。セレスが言っていたように、複数の女の子が表紙に描かれた本。全員、学生らしく制服を着ており、彼女たちが通っているであろう学園の紋章が描かれた、それは一目見てクラウディアにも同人誌だと分かった。  王国とは同盟関係にある都市国家。大陸でも随一の音楽や演劇に力を注いでいる。そこの名門女学園。同人誌はそこに通う学生達をモデルに書かれていた。 「そこは、女の子が大勢集まる天国のような学校さ。そこで繰り広げられる物語。女の子同士の恋愛こそ至上であると、それを読めばさ理解できるさ」  クラウディアの作品のタイトルを読み上げられるとセレスは嬉しそうに語る。百合がどんなに素晴らしいのかを。  実在する学校の学生をモデルにした同人誌は珍しい。セレスがここまで熱を持って推し進めるのながら、よほど良い内容なのか。  『キッス・ミー・ダイアリー』というタイトルからも濃厚そうな百合の香りが見て取れた。クラウディアは興味がないふりを装いつつ、同人誌を拾い上げた。流れるように表紙と裏表紙を見て、ページをを捲る。  そして、すぐに閉じた。
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