第9話 男装麗人近侍は女を愛す

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第9話 男装麗人近侍は女を愛す

 王国。それが、この大陸に一国の名称だった。他に王国を名乗る国もなく王国を名乗るようになり、そのまま国名として定着した。他の大陸では〇〇王国など名前がつくところもあるが、王国という名前が定着した彼らからすれば、他の大陸の方が異質に感じられた。  王国には当然、首都となる街が存在している。ここもまた決まった名前はない。王都だとか首都だとか、皆好きなように呼んでいた。一般的な名称としては、国王が住む居住区が『城』があって、その周囲が『城下町』。それで、大体の話は通る。  城下町は王国での最大の物流拠点でもあり日夜人々の往来は止まない。その為か、中にはよからぬことを企む者も大勢いた。国王の命を狙う輩、違法な薬や道具を売りつける者。しかし、彼らが好き勝手なことをする心配はなかった。それというのも、この王国には大陸最強とも言われる騎士がいるからだ。  王国騎士団団長、クラウディア・マール。容姿端麗で非の打ち所のない、彼女はどの国からも一目を置かれる騎士の鑑である。若くして騎士団長という名誉ある地位にまで上り詰めた彼女は憧れの的で子供達ですら、クラウディアのように騎士になると目を輝かせ、騎士になることを夢見ているくらいだった。  確かに、非の打ち所はない。容姿、性格、騎士道、指導力。ただ、一つ彼女には人には言えない趣味がある。彼女の趣味について知る者はごく一部の者だけだった。  普段、騎士の姿で立ち居振る舞っている印象が強いせいか、少し化粧をして、町娘の格好と豆眼鏡をするだけで誰も彼女がクラウディアであることに気付かない。  彼女は仕事終わりに、自らの趣味を満足させるべく買い物に出ていた。もっとも、普通の買い物ではない。公にはできない自分の欲求を満たす買い物。それらは、表通りにはなく裏路地を抜けた先にある、非合法の場所、俗に言う『裏広場』に存在していた。犯罪を取り締まる役目を負っている騎士団長が裏広場に通っているだけでも知れたら大事なのだが、それが知られるということはまずないだろう。  それというのも、裏広場に行けるのは限られた者だけあるから。裏広場の一角に店を構える怪しい雑貨店、マーク・ドリームの店主、ナーコがいつも複数の薬草を焚いて人が近付けないように細工をしているからである。  よって、裏広場に行けるのは招かれた者か人ではない魔物か、もしくは薬草の類に効果がない者と限られていた。  クラウディアはその日、紆余曲折あって知り合いとなった教会書房のシスター、オリヴィア―――いや、オリヴィアの裏人格であるオリヴィエと共にマーク・ドリームを訪れて買い物を楽しんだ。  今回の買い物で特に目玉だったのは、ナーコに勧められた好きな夢を見ることができる薬。異国の文字が書かれた小瓶に入った薬。効能としては強力な入眠作用の他に〇薬も入っている代物。ナーコ曰く、神様によって作られた薬であるとかないとか。  神話に出てくるような怪しい薬。効果はどれほどのものか、今から楽しみで考えただけで興奮してくる。  どんな夢を見るか。好きな漫画を題材した夢も悪くない。漫画は大陸における一大産業の一つ。大なり小なり、様々な種類の漫画本が世に出回っている。  漫画は元々、人語が話すことが苦手な魔族が人間と会話する為に編み出した技法だった。文字が使えずとも、絵だけの会話ならばと用いられた。それが、いつの間にか漫画として世の中に定着していった。  漫画ジャンルは数あれど、特に今一番熱い漫画のジャンルは『同人』だ。同人といっても、二次創作作品や個人的に作った作品の事を差す言葉ではない。彼らの同人の定義は“実在する人をモデルにした作品”となっている。  敵対する者同士の禁断の愛であったり、世を皮肉って傍若無人な人物をこき落とす話だったり、同人の内容もまた多岐に渡る。  クラウディアはそんな世間に知れ渡っている漫画の内容を夢で実体験しようかと考えていた。  もしくは、自分を書いた作品の内容を夢で―――。  ゴクリとクラウディアは固唾を呑んだ。自分をモデルにした同人作品。エロマリーの作品を。  同人作家、エロマリー。彼女はクラウディア・マールをモデルにした成人向け作品を書いている同人作家として世間に名が知れていた。  王国の騎士団長を辱めるような内容の作品は当然のことながら、クラウディアに憧れている人達からは不評を買った。  騎士団長を辱めるなど言語道断。彼女に対する侮辱だ。エロマリーこそ、漫画の内容のように辱めに遭えばいいなどと、言葉が出る。  しかし、誰も知らなかった。まさか、クラウディアをモデルにした同人を書いている作家、エロマリーが他でもないクラウディア本人であるということは。  クラウディアの隠された趣味。それは自らをモデルにした同人誌を書くこと。それも、成人向けのを。  本人が自分自身を辱める同人誌を書き、世に出している。そんなマゾヒスティックな性癖が世間に知られる訳にはいない。  クラウディアは王国を代表する騎士団長なのだから。節度はしっかりと守らなくては。  見たい夢は幾つもある。薬は液体なので、どのくらいの回数、夢を見られるのか見た目からでは分からない。効能は保障済みだろうけど、どの程度の夢がどれくらいに再現されるのか。  いくつもの夢の内容の候補を考えつつ、城に戻ろうと歩みを続けていたが、ピタリと歩みが止まった。いつかある夢候補を考えている中、オリヴィエが別れ際に言っていたことを思い出した。
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