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家族の嘘
「待って、朔」
ざわざわとした人混みの中で、私は必死に歩いていた。人に溺れそうになりながらも、兄の後ろ姿を見失わないようにとついていく。
前を歩く兄は、なぜか嬉しそうに振り向いて私の手を取った。いつもなら振り払うところだが、今は例外だ。むしろ、はぐれる心配がなくなり、いくらかほっとする。
私たちは今、人混みが日常である大都会に来ていた。大画面では音楽が流れており、人々は周りに負けじと大きな声で話している。
こんなところにずっといては心も体も休まらない。夏の暑さもあいまって、私は早くも疲労感を覚えていた。しかし、閑散とした町にしか住んだことのない私にとっては、同時に物珍しくもあった。
「お母さんたち、なんでこんなところに住んでるんだろう」
思わずこぼすと、私の手を握ったままの朔が再び振り返った。
「仕方ないよ、仕事人にはこういうところの方が生活しやすいんだから」
私たちが高校の近くで一人暮らしをすることを許してもらえた理由の1つとして、それまで住んでいた家から両親の職場が遠い、ということがあった。私たちがその家を離れると同時に、両親も職場近くに引っ越すことができたのだ。
そして、その職場の近くというのが、この大都会だった。正確に言えば、お母さんの職場の近くだ。お父さんは、ここと私たちが今住んでいるところの中間あたりで働いていた。
別々に暮らすようになってから、月に一度会うときは、そのお父さんの職場に近い中間地点で会うことが多かった。しかし、今回は夏休みで長期滞在が可能ということで、初めて彼らの新しい家に行く。
私は朔に手を引かれるままに人混みを縫って行く。
しばらくして住宅地に入ると、普通に歩けるようになった。駅前との人の密度の差に驚く。急に静かになったように感じられる。
私たちは地図を確認しながら、綺麗なマンションの前で立ち止まった。入り口のインターフォンを押すと、久しい声が聞こえて扉が開く。
両親の部屋はこのマンションの最上階に近いところにあった。高級マンションとまでは行かなくても、外観を見るだけで彼らの収入の良さが伺える。つい最近まで、場所的にも不便でこぢんまりとしたマンションに住んでいたことが、不思議なくらいだ。
そこそこの高さがあるため、エレベーターで上まで行くのも時間がかかる。
「「お邪魔します」」
「朔、アリス!」
扉を開けた途端、お母さんがハグしそうな勢いで出迎えてくれた。
子どもたちに会えたことが嬉しくて仕方ない、というような表情が満面の笑みに表れている。そのことに、無条件にほっとする。この家に来るのは初めてだが、帰ってきたという感じがした。
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