家族の嘘

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 はっきりと覚えているわけではなかったが、懐かしくてくすくすと笑ってしまう。いつから食べられるご飯が出るようになったのだろう。 「そうだったっけ」  お母さんは恥ずかしくなったのか、誤魔化すように笑う。 「まあ、今はこんなに上手なんだから、不思議なものだよね」 「ちょっと、朔まで」  拗ねたようなお母さんが可愛い。 「早く食べよ」  久しぶりに4人で食卓を囲んで、食べ初める。  一緒に暮らしていた頃も、仕事や受験勉強でそれぞれ忙しく、全員で食卓につくことは少なかった。今日は無理してでも休みをとってくれたのだろう。共に過ごす時間が短くても、愛情は十分に感じていた。  私はふと、今回家族に聞こうと思っていたことを思い出す。千翔(ちか)とたるとの母から聞いた話だ。私が誘拐されたという話と、小さい頃引っ越したときの様子のこと。  今まで私に話さなかったということは、ある程度引け目を感じる何かがあるのだろう。特に誘拐については。  なるべくさり気なく聞こえるように、私は口を開く。 「そういえばさ、小さい頃なんで引越したんだっけ?私、あんまりよく覚えてないんだけど」  誘拐の話は後回しにしようと思って引越しの話題を出したが、家の空気がざわりとするのが分かる。 「仕事の都合だよ。アリスはまだ小さかったからね」  お父さんもだ。お母さんに会った瞬間に思った。  彼らは、私をアリスと呼ぶ。当たり前のことだったのに、一度離れると気づくこともあるものだ。 「仕事?誘拐事件とかじゃなくて?」  彼らが嘘を重ねる前に、私がある程度知っていることを早めに知らせた方がいいだろう。 「誘拐?」 「そうだ、そんなことあったね。アリスが行方不明でみんなパニックだったんだよ」  お父さんが一瞬怪訝な顔をするが、間髪入れず発された朔の言葉で、すぐにああという顔になって言った。お母さんも続く。 「ちょうど仕事のこともあったけど、アリスの事件の犯人が捕まらなくて引っ越したのよね。覚えてないの、万里(ばんり)くん」 「あんまり良くないことは覚えておきたくないんだ」  名前を呼ばれたお父さんは、バツの悪そうな顔をする。それでも、引越しの原因にまでなった子どもに関わる事件を、父親が忘れるとは思えない。 「じゃあさ、引越しが急だったのも、事件のせい?」 「ああ。友達とかに挨拶できなかったのは申し訳なかったよ」 「じゃあさじゃあさ、その時いた、お母さんの親戚の若い男の人って誰?」  お母さんが不思議そうな顔をするのを見逃さなかった。 「それって、誰に聞いたの?」  お父さんがすぐに聞いてくる。
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