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「たるとと圭貴のお母さん、佐江さんだよ」
「タルトとケーキ⋯⋯美味しそう」
「もう、お父さんたら覚えてないの?佐江さんはお父さんの顔覚えてるって言ってたよ」
私は無邪気に見えるように軽く言う。
「お父さんのことは一方的だったんじゃない。佐江さん、お隣だからお母さんとは仲良かったけど」
朔が淡々と言う。確かにそうかもしれない。
「それで、お母さんの親戚にそんな若い男の人っていたっけ?」
「たぶん、俺の知り合いの警官だよ。お隣さんに心配かけたくなかったから、代わりに出てくれるように頼んだんだ。みんなパニック状態だったしね」
お父さんが申し訳なさそうに言った。確かに、それなら話の筋が通る。しかし⋯⋯
嘘だ。全部嘘。
誰も本当のことを言っていない。咄嗟の反応と、些細な仕草で分かる。
私は納得したように頷きながら、今までで一番遠く感じる家族を冷めた目で見ていた。
どうして私の周りの人は、誰も彼も本当のことを言わないのだろう。そんなのだから、彼らが嘘をついていることには、気づくようになってしまった。いっそ気づかなければ、悲しくもならないのに。
口を閉ざした私に、和らぐ家の空気。居心地が悪い。
「もう質問攻めは終わり?」
お母さんがころころと笑う。
「あ、あともうひとつ」
私は無邪気な顔をしたまま言う。これは、過去の記憶よりも重要なことかもしれない。
「どうして私のことアリスって呼ぶの?私の名前は朱音でしょ?」
「なんだ、そんなこと」
お母さんがまた軽く笑って立ち上がった。紙とペンを持ってきて、さらさらと何かを書く。
「いいあだ名でしょう?」
みんなで紙をのぞき込むと、私の名前が書かれていた。
『有里朱(アリス)音』
これはなんだか拍子抜けした。余裕が生まれただけなのか、これは嘘ではないのか、お母さんの態度にも違和感は感じられなかった。そして、朔も知らなかったようで、小さくへぇ、と言うのが聞こえた。このあだ名をつけたのは、朔ではなくお母さんだったようだ。
全てを勘ぐっていることを、少々後ろめたく感じる。
「そんな昔の話よりさ、高校の話してよ」
お父さんが楽しそうにこちらを見ている。
お父さんの感情は読み取りづらい。単純なときは単純なのだが、たまに複雑なものが見える時がある。複雑で何色か分からないし、それぞれの色が分かったところで、どんな感情なのかは分かる気がしなかった。そして、私はそれを理解しようとしたことがなかった。
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