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遮断機の赤い丸の点滅とカンカン鳴る音が合わないことが、いつもは気になる。しかし、今日は隣に立つ男性の方が気になってしまっていた。本当に考え事をしていただけなのか、自分が止めていなかったらどうなっていたのか。
電車が通り過ぎる時間が長く感じる。
電車の進行方向を示す矢印が、両方向に赤く光っているのを見て、とうとう隣にちらりと目を向けてしまった。彼の顔を見た瞬間、どきりとする。光が差し込んでいない。また、死にそうだと思った顔をしている。あからさまに横を向いたこちらにも、気づいていない。
「死なないでください」
呟くように言っていた。彼は先ほどと同じように、ぱっとこちらを見る。電車がちょうど通り、彼の真っ黒な髪を浮かせた。彼は薄く微笑んで、ついと視線をずらす。
「自分の命よりも大切なものがある時もある」
「死なないでください。ここ、登下校にいつも通るので」
思わず強い調子で言っていた。しかし、彼は驚いた顔をした後、ふっと笑った。
「ごめんね。大丈夫、死なないよ。人に迷惑をかけるつもりもないし」
自分が笑われたように感じ、大真面目に言ったことが少し恥ずかしくなる。
「そんなに、死にそうに見える?」
本気で言っているのか、からかわれているだけなのか分からず、まあ、と曖昧に答える。
遮断機のカンカンという音がいつの間にか止まっており、止まっていた車が動き出していた。踏切を渡る間、彼とは自然と並んで歩く形になる。
「最愛の人をなくしてしまってね」
踏切の真ん中あたりで、彼は独り言のように言う。
「彼女が悩んでいることは知っていたのに、何も力になれなかった」
底の見えない黒い瞳は、真っ直ぐ前を向いている。
彼の好きな人は、自ら命を絶ってしまったのかもしれない、と勝手に思う。そして、彼がこの場で歩みを止めてしまうのではないかと、心配になる。
「ごめん、君にこんな話をしても、だよね」
「いえ⋯⋯」
「おじさんと違って、君は未来のある高校生だからね」
おじさんという言葉に、思わず彼を見てしまう。黒シャツと緩いズボンという服のせいもあって、おじさんという言葉はとても似合わない。気づいたら笑ってしまった。
「?」
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