あの子は出雲弁

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 田んぼと畑に囲まれた田舎町。  住人の平均年齢は七十歳。主な使用言語は、(なま)りの強い出雲弁(いずもべん)。  そこで育った少年は、全校生徒が二十人にも満たない中学校を卒業し、都会の高校へと進学した。  姓は川上(かわかみ)、名は元太(がんた)。  生まれは川の近くの一軒家。  誕生日は、元日。元太という名は、祖父が命名した。  中学校の担任からは「元太は素直でいい子だけん(だから)そげん(そんな)心配せんでも(しなくても)大丈夫だがん(だから)」と背中を押され、進学先を決めた。  入学して間もなく元太を待ち構えていたのは、クスクスと笑う声。  出雲弁が抜けていない元太の言葉は、都会育ちのクラスメイトの表情を緩ませた。 ──もしかして、バカにされちょうだ(されているのか)?   最初は小馬鹿にされているのではないかと気に障っていたが、元太はやがて、別の考えに至った。  今までこんなに大人数を笑わせたことはない。  それは、快感でもあった。  それに、従うことにした。 ──俺、人気者になれそうだがん(なれそうじゃん)。  元太は出雲弁の訛りのおかげで、クラスの人気者になった。  愛嬌のある性格と純朴な顔立ち。その口から発する言葉は、クラスメイトを笑いの渦に巻き込んでいった。  しかし、それを(こころよ)く思わない生徒が一人。  元太の家から山一つ越えた先の村出身の、女の子──。  姓は山田、名前は千代子(ちよこ)。  山と田んぼに囲まれて生きてきた。  名前の由来は、長生きするようにと、祖母の願いが込められている。  使用言語は、元太と同じ出雲弁。  大人しく控えめな性格の千代子は、入学初日、故郷の言葉を笑われた元太を見て、心に決めた。 ──絶対に訛りが出らん(でない)ようにせんといけん(しないといけない)
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