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入学してからの数ヶ月、息が詰まる思いで過ごしてきた千代子は、夏休みに実家に帰省した。
見慣れた景色に安心してしまった自分を、情けなく思いながら歩く田んぼ道。
実家では、仕事でいない両親の代わりに、祖父と祖母の珠代が待っていた。
「おう、千代子、元気しちょったかや?」
「千代ちゃん、どげなかね。都会の空気は、まずかろうにね。体だけは気をつけーだで」
「はぁ、なに言っとうだ? そげん数ヶ月しか行ってねぇだらが、しゃんもんすぐに変わーもんじゃねぇが。なぁ、千代子」
──え? 今、なんて言った?
千代子は耳を疑った。会話が聞き取れない。多分、なにか質問された。
言葉は生きもの、自分自身という、祖母の珠代の言葉が頭に浮かんだ。
標準語も、出雲弁も、心の底で眠っているかのようだった。
千代子を待っていたのは、家族だけではない。再会した幼馴染の春香は、いつも明るく活発な性格だ。お節介な性格も相まって、消極的な千代子と相性が良い。
しかし、会話が弾まない。
「千代ちゃん、都会の空気はどんな? 元気でやっちょう?」
「うん。元気で……元気でやっているよ」
「そうなんだ。私、彼氏できたけん、今度一緒に遊ばん?」
「うん。まぁ、ちょっと忙しいから……時間が会えば遊ぼうね」
「千代ちゃん、なんか悩んじょうだ?」
「ううん、大丈夫。心配せんでもいいけんね……」
──しまった。訛った。
思わず口に手を当てる。
「千代ちゃん、どうしたん?」
「いや、大丈夫だから。心配しなくてもいいよ。なんでもないから」
「……なんか、千代ちゃん、冷たくなったね」
「え?」
「ううん、なんでもないけんね」
ぎこちなく、よそよそしい態度は、幼馴染にまで冷たいと言われてしまった。
両親にも言えない。
心配してくれたことを振り切って、自分で決意した道だ。
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