フィギュア

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 まず、何から話そうか。……そうだな、まずは山田について話そうと思う。 山田と俺は高校からの腐れ縁だ。お互い好きなアニメが一緒で、趣味のフィギュア集めがきっかけだった。  フィギュア収集が趣味なんて言ったけど、高校生で買えるフィギュアなんてたかが知れてるし、ましてや俺の高校はアルバイト禁止。教師にばれないよう、わざわざ隣町まで自転車走らせてバイトしたもんだよ。おまけに私立の進学クラス。学業との両立のせいで週一のシフトしか入れられない俺たちはお互い「早く大学生になりてぇな……」なんて愚痴っていたものだ。  時は流れて大学一年生。俺たちは同じ大学に入学した。山田の方は第一志望が落ちて結構落ち込んでたけど。「推薦のお前に何がわかる!」なんてさんざん俺に八つ当たりしてきた癖に、いざ入学式を迎えると「何処でバイトしようか」、「一緒にやるか」なんて嬉々として大学デビューを楽しんでいやがった。……まったく勝手な奴だったよ。  そんな頃だったな。菊池くんと出会ったのも……。山田が紹介してくれたバイト先で出会ったんだ。  菊池くんは俺たちと同じで、アニメが好きで、フィギュアも集めているらしくてさ。俺たちが仲良くなるのにそう時間が掛からなかった。だけど、それは最初だけ。彼と俺たちの間には、イマイチ馴染めない距離というか、壁があったんだ。  それは出会った時が高校か大学かの思い出の差とかではなく、菊池くんという人間性が俺たちの感情の起伏と合わないというのだろうか。……単純に言えば、ノリが違うのだ。    例えば、菊池くんはいつも柔和な笑みを浮かべている。メガネをかけて、おっとりとした雰囲気を纏っている。小さいことでよく笑う。寒い上司のダジャレ、動物が餌を取り合っている姿。誰々が結婚した。付き合った。子どもが辿々しくおつかいに行く姿等など。小さな不幸を鼻で嘲笑う俺達と違って、菊池くんは小さな幸せで笑える奴なのだ。俺と山田がネットや知人から聞いた猥談を話していても、一応笑ってくれるが明らかに口端が苦々しい。への字になっている。  猥談じゃなくとも、言葉遊びをしていたとしよう。例えば、謎掛けとか。言い終わると彼は必ずと言っていいほどキョトンとし、首を前のめりにし「え……と、ごめん。それってどういう意味なの?」と隣に俺がいれば俺に、山田がいれば山田に尋ねるのだった。  そんな奴だが、時々こちら側が困惑するようなモノに対して無邪気に笑う悪癖がある。例えるなら、蛇に呑まれるネズミや、良い奴が無残に殺されるシーンなど。それらを眺めては愛おしそうに微笑むので、俺達はいつも隣で上手く笑えず引き攣っていた。  あと、菊池くんは目ざとい。誰々が辛そう、苦しそう、困ってそうなど、人が受ける負の感情に非常に目ざとい。その癖、怒り、悲しみ、憎しみなど、人から与えられる負の感情に対しては非常に鈍臭い男だった。例えば、こんな事があった。数日前に山田が、「お気に入りのフィギュア、弟に壊されてさ。……マジ喧嘩だわ」と落ちこんでいたことがあり、俺と菊井くんは当然山田を慰めた。それこそ菊池くんは山田の「……なのに、俺が親に怒られたんだぜ。初めての給料で買った奴なのに……」というぼやきを聞き逃さず、 「山田くんはちっとも悪くないじゃないか! とっても大切にしてたんだね……。山田くんは弟くんに怒って正解だよ!」  当の山田より興奮して怒るのだ。いつもの落ち着いた彼から豹変し、「クソッ……! 本当聞いててイラつくな、ソイツ。クソガキじゃん!」と口汚く罵り激しく貧乏ゆすりを起こすのだ。先程まで落ち込んでいた山田も冷静になって「いや……、別に。弟も、わざとじゃないし……。俺も叩いたのは悪かったから……」と困惑していな。 「いや絶対、ソイツが全部悪いから。もし僕が山田くんなら、その弟くん殺してたよ……!」  菊池くんの「殺す」は目が剥いていてシャレに聞こえなくて、僕と山田は彼が実は二重人格なのではと不気味に思えてしまった。 なのに、菊池くんは数日経つとけろっとし、嬉しそうに「誕生日プレゼントで彼女に買ってもらったんだー! 今じゃあ、プレミアがついて高かったからさ……。諦めてたからすごく嬉しくて!」と山田が持っていたお気に入りのフィギュアの写真を俺たちに見せて柔和に笑うのだ。  「彼女」と彼の口から出てきたが。それが菊池くんと俺たちの決定的に違うところ。菊池くんにはお金持ちの彼女がいるのだ。  当然俺たちはいない。山田くんに至っては、第一希望にしていた大学に菊池くんが通っている。  ここまで読んでくれた読者の皆さんの中には、結局お前たちが下衆いだけ。ただの嫉妬じゃないかと思った方々もいるだろう。が、勘違いしないでほしい。ここまで読んでくれた読者で感情の起伏に敏感な方々には菊池くんが怖い、または苛々すると感じた方もいた筈だ。  そう、長ったらしく書いてはいるが、俺と山田は本当に菊池くんが嫌いだった。バイトの時間の暇つぶし程度の関係で満足していたのだ。  しかし菊池くんはそうではなかったのだ。事あるごとに菊池くんは家に誘ってくる。そして長年集めているフィギュアを自慢するのだ。  ある日、ついに山田の堪忍袋の緒が切れた。 「……なあ、あいつのフィギュア盗もうぜ」  山田は真剣だった。その目は嫉妬に満ちていた。  俺は「……やめとけって、バレたら後が怖いぞ」と山田を止めたが、彼は聞く耳を持たない。「平気だって、……納戸にあるやつ盗めばバレないから」本当は、あのフィギアが欲しいけど……。と山田は呟き、単独でもやる勢いだった。  正直、俺も菊池くんには怒っていた。コレクションを見たときに見下したような苦笑を浮かべた菊池くんに。俺も一回は酷い目に合わせてやりたいと思っていた。  決行当日、僕と山田は彼女と別れたと嘆く菊池くんに初めて自分たちから「お前の家で慰め会でもしよう」と誘った。すると珍しく菊池くんは「……いや、ありがとう。気持ちだけもらっておくよ……」と頑なに家に招こうとしないのだ。先ほど珍しいと書いたが、これは初めての事だった。俺たちはやめとけばいいものを、やけになって何度も「何言ってんだ、一人でいる方が傷に響くぞ」「そうそう、パアーっと飲んで忘れようぜ」「日頃お世話になってるしさ……」となお食い下がる。  観念した菊池くんは「……みんなありがとう。それなら、近くにコンビニが出来たんだ。そこでお酒とつまみでも買おうか」と今から犯罪を犯すつもりの俺達に感謝して家へと招いてくれる。  俺は少し、菊池くんも悪いやつじゃないんだよな……と罪悪感が芽生え、素直に慰め会に変更しようかなと心が揺らいでいた。だが山田はそうはいかなかったらしい……。日頃の恨みが積り募った山田はここぞとばかりに「なんで彼女と別れたんだよ。何かやらかしたの」と一見空気を変えようと茶化しているように見えてその実、鼻で嗤って見下していた。  憎らし気な山田の表所もこの後の菊池くんの発言を聞いた瞬間、強張った。 「彼女がお気に入りのフィギュアをバカにしたんだ。それで、カッとなってね……」  山田の目は動揺していた。休憩が終わる。菊池くんがレジの応援に出かけると山田は青白い顔をして、 「なあ、あいつ……、殺ったんじゃね? 彼女……」  まさかと俺が半笑いで返すと、 「だって、じゃなきゃ、……あんなに俺たちが家に行くの渋んねーだろ……!」  と差し迫った表情で怯えるのだ。  なら盗むのをやめて、近所のファミリーレストランに変更するかと山田に提案するが、変に意固地になった山田は頑なに、「いや、……やってやる。もし、死体があっても……、むしろ好都合だ。弱みを握ってやる」なんて意気込みだした。  バイドが終わる。菊池くんの近所のコンビニで買い物をしていると、突然俺の携帯が鳴る。……母親からだった。 「……悪い、俺今日行けそうにないわ。慰め会はまた今度でいい?」  俺のドタキャンに残念そうに眉を顰める菊池くんに、不機嫌に睨む山田。  さすがに山田を一人にするのは可哀そうだと、俺は日を改めて三人でやろうと提案をだした。それに、一旦山田にも冷静になってほしかったといのもある。 「……しゃーねえな、俺たちだけで飲もうぜ!」  しかしそんな思いは山田とって大きなお世話だったらしい。アイツのその言葉で俺も、もう付き合いきれんと愛想笑いで別れを告げて手を振ってコンビニを後にした。      ――それが最後に見た山田の姿だった。    次の日、大学に行くと山田の姿はなく、同じ講義にも顔を出していないアイツ。二日酔いかと思ったが、昨日今日で気味悪く感じた俺は彼に連絡するが一向に繋がらない。  当然、菊池くんにも繋いだが、山田同様まったく繋がらなかった。  メッセージアプリに連絡しても二人とも既読がつかないまま。僕はその日、講義の内容が頭に入ってこなかった。  それから菊池くんが俺のメッセージに既読をつけたのは、一週間後のことであった。 『ごめん、実家がバタバタしてて……。一旦帰省してたんだ』 『山田くん? さあ、知らないな』 『あの後、酔っ払った山田くんが怒って家から飛び出して行って』 『喧嘩別れのままでさ』  「……山田くんに、今まで失礼な態度ばかり取ってごめん……。て、代わりに伝えといてもらえないかい?」  まだ怒っているのか、連絡がつかないんだ。最後のシフトの際、菊池くんはそう俺に伝言を頼んだ。久しぶりにバイトに来た菊池くんは今日でバイトをやめるらしい。未練がある寂しい表情をしていた。 「……昔からそうなんだ。感情の起伏がおかしくて……。病院にも通って前よりは大人しくなったんだけど。……君にも失礼な態度を取っていたかな……?」    不安げに揺れる彼の瞳を見て、俺は嘘をついて微笑んだ。彼の今までの言動は本当に悪気があってやったことではなかったんだな。俺は初めて菊池くんに同情できた気がした。  ……それでも、俺も結構根に持つタイプらしい。 「――彼女と別れた原因って、もしかしてそれ……?」  何気なしを装いデリカシーのないことを尋ねると、菊池くんの口端が震える。グッと奥歯を噛み、への字に曲がった口元が堰を切ったように咳き込むと咽び泣いた。下唇を噛みながら彼は嗚咽して自虐的発言を叫んでは嗚咽を繰り返すばかり。いきなりのことで俺と、騒ぎに駆け付けた従業員とでその日はさんざんだった。   結局、山田はどこいったんだ。  ついにその疑問は晴れることなく。親御さんが捜索願を出すわ、俺の家に警察が来るわで暫く散々な日々が続いた。   さて、読者諸君。  ……なんて、ミステリー作家のように尋ねてみたが。果たして山田はどこに行ったのだろうか。  菊池くんに殺された?  それとも、怒って家から飛び出した帰路の途中で通り魔にあった?  もしかして、山田も精神を患っていて突飛な行動にでた? それともーー ーー俺が殺した?  ……なんつって。  けれども、実家に戻った菊池くんのフィギュア部屋はもう存在しない。もはや菊池くんの納戸を確かめる術はないのだ。  果たして、彼の家にはフィギュアしかなかったのか。  そして、本当に菊池くんには彼女が存在していたかということも。  さあ、読者諸君。  君はどう思う?    
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