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練習中であったなら止まるかもしれないが、聞いてくれているお客さんがいる。大きな地震があったわけでもなく、お客さんにガードが直撃したわけでもない。
あくまでも内部でのちょっとした事故だ。
演奏が続く以上、私もただ立っているわけにはいかない。
コンクリートのステージに転がっているフラッグを手に取り、演技に戻る。
けれど、フラッグをキャッチしかねて隊員の頭に直撃させるという事故を起こした後の頭は真っ白で、前で華麗な演技をする先輩の姿にワンテンポ遅れてついていくのが精いっぱいだ。
笑顔を絶やさずに先輩がくるりと回転したのを見て、遅れて回転する。多分、今の私は笑顔とは程遠い必死の形相だ。
ステージの袖で腕組みをしているMECトレーナーの桧垣さんの姿が目に入る。表情までは見えないけれど、いかめしい表情をしていることは予想がつく。コンサート後にこってりと怒られることも。
デビューコンサートで失敗して、みんなの足を引っ張るなんて最低だ。穴があったら入りたい。
「申し訳ありませんでした」
桧垣さんの説教後、いつもより厳しい指導が飛んだ練習を経て、解放された私が真っ先に向かったのは音楽隊の練習室だ。練習室には数名の隊員たちが残っており、その中に松田さんもいた。
「あぁ、俺は大丈夫だけど。そっちこそ大丈夫か?」
松田さんは元刑事というだけあって目つきは鋭いが、基本的に優しい人だ。
近江さんからはそう聞いている。困ったら頼っていい人よ、と。それでも頭にフラッグを落としてきた私に対して、優しくできるという保証はない。
「どういう意味だ?」
背後から聞こえた第三者の声に振り向いて、固まる。
私の後ろで仁王立ちしていたのは、先ほどまで私に檄を飛ばしていた桧垣さんだ。
口元はマスクで隠されているものの、目元は不機嫌さを隠そうともしていない。桧垣さんも松田さん同様、目つきには定評がある。
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