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パイプイスに腰かけていた松田さんが立ち上がり、肩をすくめてみせる。手にはアルトサックスを持ったままだ。
「桧垣さんにいじめられてるんじゃないかと思って、心配していたところです」
「失礼な。松田の石頭ならコンクリートが降ってきても大丈夫だと教えに来ただけだ」
桧垣さんが目を細める。桧垣さんが目を細めると、怖さが数割増す。オールバックの髪型も怖さを手伝い、ここが警視庁本庁舎でなければその筋の方と間違われかねない。
「お褒めにあずかり光栄です」
「……これ何本に見える?」
松田さんの言葉を流し、桧垣さんは指を一本立てる。
頭を打っていると物が二重に見えることがある。
だいぶ時間は立っているけれど、頭を打っていないかの確認だろう。なんだかんだ言いつつも、心配してきてくれているんだ。
「一」
「これは?」
「三」
桧垣さんが三本立てた指から二本にする。
「二」
「……ピース」
桧垣さんの冗談らしい言葉に室内が静まり返る。それに反し、桧垣さんにからかわれたことに気付いたのか松田さんがいらっとしたのが傍目にもわかる。一重目の松田さんの細められた目が怖い。左のこめかみにある傷跡が、松田さんにより凄みを与える。
「MECいじめるなよ」
「お父さんの大事なお嬢さんたちですからね」
松田さんの言葉に今度は桧垣さんがこめかみを動かし、二人の間に不穏な空気が漂う。
松田さんに謝りに来たはずの私は、完全に蚊帳の外だ。
「あの、悪かったのは私なので」
「避けない方が悪い」
「どう避けろと?」
割って入ったところで一言余計だったのか、松田さんと桧垣さんの不穏さは増す。
「まあまあ。相変わらず仲良しですね、松田さんと桧垣さん。喧嘩するほど仲がいいって言うからね」
松田さんの後ろから仲裁に入ってきたのは、メガネがトレードマークの久我原さん。後半の説明は私に対するものだ。
「そ――」
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